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橋本にとっての一冊と、夢。
はいはい、と適当にあしらった橋本に、お前はどうする、と話を振る。
「俺も決まっているよ」
「何の写真集にするんだ?」
綿貫のバカみたいな質問に橋本は答えない。代わりにスマホを操作し、これ、と俺と綿貫に画面を見せた。そこには通販サイトが表示されている。品物は、っと。
「ゲームの裏技集、か」
「そ。俺のバイブル」
え、と声が漏れる。
「お前、その攻略本を運命の一冊に選ぶの?」
俺の問いに、そうだよ、と軽く頷いた。
「ゲームを宿題のテーマに据えるのかぁ? 橋本ってば、とうとう脳みそまでゲームに支配されたな! このゲームオタク!」
綿貫が責め立てた。確かに橋本はゲーム好きだ。だがなぁ。
「女優さんの写真集を選んだお前にだけは言われたくない」
俺が想定していたのと一言一句違わぬ指摘を橋本は静かに口にした。
「むしろ綿貫の方が性質が悪い。完全に性欲が中心じゃん」
途端に綿貫の顔が真っ赤になった。性欲じゃない! と叫ぶ声が裏返る。わかりやすっ。
「あ、あああ綾継さんはそんなんじゃない! 俺は、純粋に、役者さんとしての凄さを尊敬しているんだ」
「いや絶対外見が好きなんでしょ。童顔、色白、巨乳。綿貫の好みそのものじゃん」
「うるさぁい! ちゃんと中身も見てるし!」
「会ったことの無い人の性格なんてわかるわけない」
「くそぉ! 正論で責め立てやがって!」
「バーカバーカ」
「やましい気持なんか無いもん! 俺、ただ綾継さんのファンなだけだもん!」
はいはい、と親友の愛すべきバカ二人の仲裁に入る。
「で? 橋本はゲームの攻略本でどんな作文を書くんだよ」
「攻略本じゃなくて裏技集。そして内容だけど、とにかくこの本の凄さを書くよ」
どう凄いってんだよ、とまだちょっと不機嫌な綿貫が噛み付く。しかし橋本は気にした様子も無く、同じ調子で話を続けた。
「ゲームの裏技ってさ、物凄くざっくり分けると二通りあるんだ。一つ目は、計画的に仕込んだもの。二つ目は、意図せずして発生したバグによるもの」
へぇ、と相槌を打つ。
「前者は隠しコマンドを入力したり、特定のアイテムを本来の用途とは違う状況で使うと発生したりする。ただ、普通にプレイしていたら発生しないものがほとんどなんだ。だから一週目では大抵気付かない。田中や綿貫も、例えばプールのステージで除草剤を撒いたら敵エイリアンが強化される、なんて思わないでしょ?」
「お前は何を言っているんだ?」
「わけのわからんことを急に口走るな」
綿貫と揃ってツッコミを入れる。
「そういう遊び心があるゲームもあれば、本棚に向かって火かき棒を使うと手の届かなかった上の段が開いて隠しアイテムのアルバムが見られてラスボスとのバトルで特殊演出が入る、っていうようなおまけだけど熱いものが込み上げるような裏技もある」
「特殊演出はいいな。同じゲームなのにお得感があるから」
いつの間にか機嫌の直った綿貫が頷いた。そうねぇ、と俺も応じる。
「逆に、意図せずして発生したバグによる裏技。これも、隠しデータが思わぬコマンドで表に出ちゃったり、進数が思わぬ数値で別の挙動に繋がっちゃったり、ステータスにマイナスを掛けたらオーバーフローを起こしてプラスの最上値になっちゃったり、とにかく予想外の動きが起きる。これはねぇ、機械的に数字を処理するプログラミングだからこそ発生する挙動だから本当に意味がわからなくて面白いんだ。人の発想では至らない、ただシンプルに数字を処理したから起きるバグ。それが俺は好きなんだよねぇ」
さっきの、プールに除草剤でエイリアンが強化、も十分意味がわからないけどな。意図的な裏技だと言っていたが、開発者はよっぽど徹夜が続いていたに違いない。
「だから俺、大学ではプログラミングを専攻しようと思っている。来年、高二になる時、文系理系がちょっとずつ分かれ始めるじゃん。俺は理系に進むつもりだよ。そして、そんな風にゲームとプログラミングは俺の進路に影響を与えてくれた。加えて、バグの結果生まれた裏技を纏めたこの本は更に興味を湧きたたせてくれたんだ。これを読んでいなかったら、ここまでプログラミングに関心を持たなかったかも知れない。だからやっぱり、俺にとっての運命の一冊はこの裏技集なんだよ」
ふむ、と何とはなしに自分の頬を撫でる。はえ~、と綿貫は感嘆の声を上げた。
「すげぇ真面目に考えていたんだな。進路選択の切っ掛けにまでなるとは。ごめん橋本、ゲームに脳が侵されているなんて言って。ゲームとプログラミング、そしてその裏技集はまぎれもなくお前の人生の道標だ。大学、希望の進学先へ行けるといいな!」
そうして綿貫は勢いよく橋本の肩を叩いた。痛いよ、と抗議の声を上げつつ笑顔を浮かべている。しかしこの展開でいくと、俺との落差の激しさに若干の気まずさを覚えるなぁ。
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