田中の現実。

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田中の現実。

 それで、と二人がこっちを向く。ほら来た。 「田中はどうするの」 「お前の運命の一冊は何だ?」 二人で話を振ってきた。うーん、と俺は腕を組む。だが考え込んだところで事態が変わるわけでもなし。正直に打ち明けるしかないわな。 「それがさぁ。困ったことに、俺、運命の一冊に思い当たる節が無いんだよ」  え、と二人揃って目を丸くした。息、ピッタリだな。 「何か無いの? この小説が面白かった、とか」 「ミステリーのオチに衝撃を受けたとか」 「ファンタジーの世界にときめいた」 「コメディ作品に爆笑した」 「ドキュメンタリーに感動した」 「悲しい話に号泣した」 「印象に残った物とかあるでしょ」 「むしろ一冊も無かったらそれはお前、人の心を持っていないよ」  交互に喋られて口を挟む隙が無い。だからひたすら首を振った。マジかよ、とハモって呆れられる。 「まあ田中って感動とかしなさそうだもんな」 「作り話じゃん、って斬り捨てそう」 「じゃあやっぱりドキュメンタリーがいいんじゃない?」 「脚色してあるっていちゃもんを付けそうだな」 「ストーリー仕立てにしている時点で色が付いているんだよ、って否定しそう」 「うわっ、確かに田中が言いそうだ!」  うるせぇなぁ、と無理矢理割って入る。 「別に、感動くらい、するし」 「じゃあ小説や映画、ドラマで泣いたことはあるか?」 「無い」 「駄目じゃん! 俺なんか先週、綾継さんの出演しているドラマでボロボロ泣いたぞ」  綿貫はクソほど性格が真っ直ぐだから、感動したら泣くだろうな、と妙な説得力がある。 「俺もゲームの裏技を試して成功すると声が出るよ」 「げ、橋本もかよ。お前は飄々としているタイプだろ」 「それとこれとは別。あと、田中の場合、感動しないように前提からして否定しているか、感動したとしても大して心打たれてないしって自分に言い訳しそうだな」 「わかるー。プライドなのか? 意固地なのか?」  まだいじる二人に、あのなぁ、と唇を尖らせてみせる。 「お前らには俺がどう見えているんだ?」 「ひねくれ者」 「素直じゃない奴」 「たまに心が無い」 「照れ屋さん」  口々に好き勝手なことを抜かしおって。 「わかった。もういい、聞きたくない」  制すると二人は素直に口を噤んだ。やれやれ。 その時、壁掛け時計から鳩が飛び出した。午後六時か。なんのかんの、うちに来てから二時間近くダべっていたんだな。さてと、と綿貫が腰を上げる。 「そろそろ帰るわ。宿題、頑張れよ田中。まずは本の選定からだな!」  いや、既存の物にピンと来ないから困っているんだけど。選定しようが無いんだけど。 「運命の一冊、見付かるといいな。あんまりひねくれて考えないで、これかなって率直な気持ちに従って選ぶといいよ」  続いて立ち上がった橋本も、微妙に嫌味の籠ったアドバイスをくれた。へいへい、と肩を竦める。そして俺も二人の後に続いて部屋を出た。そして階段を降り、玄関まで一緒に行く。 「じゃあまたな」 「お邪魔しました」 「おう。二人とも、気を付けて帰れよ。また学校で」 「うん。バイバイ」 「お疲れ!」  手を振って別れる。今日もいつも通り、ダラダラ過ごしただけ。そして、いつも通り楽しかったな。
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