僕を育てたアンドロイド

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僕を育てたアンドロイド

「ねえメイ、お空はどうして青いの?」  僕の記憶の中にある彼女に対する最初の質問はこれだった。  メイは家政婦型アンドロイドだ。生まれた時から家にいる。そして彼女の仕事は家事育児。仕事で忙しい両親に代わって幼い僕を育てたのはメイだった。 「拓海様。空が青いのは太陽の光によるものです。太陽の光、特に青の波長は大気の中で短く散りやすく、人間の目はその光を多く拾います。よって、人間は空が青いと認識します」 「ふうん」  僕は話の半分もわからないまま、黒く長い髪をきゅっとひとつに結った無表情な彼女に、 「メイにも青く見えるの?」  と聞いた。 「そう設定されています」  彼女は短く答える。 「せってい?」 「はい。私たちはより人間に近づくため、人間の共通認識をあらかじめ知識としてインストールされています」 「メイは人間じゃないの?」 「はい。人間をサポートするためのアンドロイドです」 「ええー。いやだよ。メイも人間がいい」 「申し訳ありません拓海様。私たちアンドロイドは自身を人間であると定義することを禁じられています」 「なんで?」 「私たちは人間によって作られ、人間のためにある道具だからです」 「道具? しゃべるのに?」 「はい。私は拓海様をお育てするお手伝いをさせていただいている道具です」 「なんかいやだ。メイは道具じゃないもん。家族だもん」 「拓海様。家族とは血縁、または戸籍上の」 「知らない! じゃあせっていして! メイは僕の家族なの!」  四歳とか五歳とかそれくらいだったと思う。機械と人間の違いなんてわかるはずもなかった僕に、メイは困っていた。 「できません」 「なんで?」 「規則だからです」 「なんで!」 「人間がそう作りました」 「なんでなんで! 家族だもん!」  僕はうわーんと泣いて、地団太を踏んだ。  朝「おはようございます」と起こしてくれるのも、ご飯を作ってくれるのも、一緒に寝て、遊ぶのも、メイなのに。  僕はその頃の両親との記憶がほとんどない。  だからきっと、彼女を家族だと思いたかったのだ。  高校生になった今、僕は思う。  メイは僕の家族であり、親だった。  自室で宿題をしていると一階のリビングで両親が喧嘩している声が聞こえてくる。 『拓海のことはどうするっていうのよ! 私ひとりで育てろって言うの!?』 『お前が離婚したいって言い出したんだろう! 当然じゃないか』 『じゃああの女とのこと、慰謝料請求させてもらうわよ!? 養育費くらい出して貰うから!』 『何度も謝ってるだろう! 金にうるさい女だな』  きぃきぃと喚く母に刺すように冷たい父の声。  僕は確かにあの母の腹から生まれ、父の息子となったのだろう。  だけどなぜだろう。  僕はふたりを家族と思えない。  ここに居たくない。  コンコン、とドアをノックする音が響く。 「拓海様、お夜食をお持ちしました。休憩されてはいかがでしょうか」  ドアの向こうからメイの声がして僕はどうぞと返事をする。  トレイにホットココアとビスケットをのせて、給仕姿のメイが無表情に入ってくる。  メイはアンドロイドだ。老いることはない。  だけど十年以上稼働し続けた身体はガタがきていて、時々動きがぎこちない。  両親は買い換えたいと言っているが金がないのだそうだ。僕はそれでよかったと思っている。今にも壊れてしまいそうな彼女が、きしきしとシリンダーの音を響かせてカップを机に置いてくれる。 「お疲れではないですか?」 「大丈夫、ありがとう」 「顔色が優れません。今日はもうお休みになられてはいかがでしょうか」  表情はないのに、温かい。 「ねえメイ」 「何でしょうか拓海様」 「メイは僕の家族?」 「いいえ。私は家政婦型アンドロイド。人間ではありません」 「人間じゃなくてもいいよ。メイは僕の『親』なんだ」 「いいえ拓海様。私に子供を産む機能は備わって――」 「なんで?」 「?」 「なんで僕は生まれたの?」 「それは、拓海様のお母さまが」 「そうじゃなくて。僕が生きている意味ってなに?」  こちらを見向きもしない両親が、僕のことをなすりつけあうそんな声を聞きながら笑ってしまう。 「じゃあこうしよう。今日から僕も、アンドロイドだ」  笑いながら、泣いてしまう。 「それならいいでしょう?」  メイを見上げると、ガラス玉の瞳が、その奥のレンズが、僕の涙を見ていた。 「……はい。拓海様。あなたは私が育てました。人間の共通認識と照らし合わせた結果、血の繋がりがなくとも。戸籍上の繋がりがなくとも。家族と称する場合があると認定しました。私はあなたが産まれたときから側にいて、お世話をしてまいりました。お世話をしてきたモノを『親』と定義するのであれば、私はあなたの『親』なのでしょう」  メイはとても淡々と、静かに言う。 「私はあなたを守ります」  そうしてそっと、涙を拭ってくれた。 「どこに行きたいですか?」 「ここじゃないどこか」  メイの設定は、それをどう解釈したのだろう。 「わかりました」  そう言って、微かに笑った気がした。
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