11:ひょっとすると巨人族が先祖かも

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11:ひょっとすると巨人族が先祖かも

「補佐官を替えるなんて、どういうことですか!」  机をひっくり返さない勢いで立ち上がったギデオンが、途中でわざわざファリエを突き飛ばしてまでシリルへ詰めた。 「私がっ……私が、隊長の補佐官なのですよ! 事務員の私が!」  男性にしては甲高い声で、ギャンギャンと抗議する。顔も真っ赤に染まっていた。 「しかし貴方からは、彼を補佐しようという気概が感じられませんが?」  対するシリルは、どこまでも平坦な声音と顔色だ。 「それはっ、誤解です!」  ギデオンの放つ高音が、ますます大きくなった。  ギデオンの一打で大きくよろめいたファリエだったが、いつの間にか後ろに回っていたティーゲルが危うげなく彼女を受け止めてくれた。  彼は気づかわしげに眉を寄せ、ファリエの顔を覗き込む。 「大丈夫か、ファリエ嬢?」 「はい、ありが――隊長、手錠はどうしたんですか」  彼の優しさへ素直に感謝するつもりが、両手が自由になっている事実に意識を持っていかれてしまった。つい、柄にもなく詰問口調となる。  疑惑の視線を注がれたティーゲルも、ファリエの体を支える自身の両手をちろりと見た。そして朗らかに笑う。 「少しひねって引っ張ったら、外れてしまったんだ」 「外れちゃった……?」 「うむ、あっけなく外れちゃった!」  そんなわけ、あってたまるか。  シリルはおもちゃの手錠を使ったのだろうか、という疑問を抱きつつ彼の足元を視線で探ると、見慣れた手錠が落ちているのを発見した。  ファリエも含めた自警団団員が犯罪者や、言うことを聞かない酔っ払い達の手首にはめている手錠と、同一製品と見て間違いないだろう。  ただ床に転がる手錠は、手首にはめる枷部分をひねり上げるようにして強引に開かれていた。普通は鎖部分をどうにかしないだろうか。  どこから指摘すればいいのか分からなかったので、ファリエは額に白い手を当ててうなだれ、 「これじゃあ手錠の意味が、まるでないじゃないですか……」 とりあえず、結論だけを嘆いた。  一方の非常識上司は、鷹揚(おうよう)にうなずく。 「うむ、そうだな。もう少し強度のあるものに買い替えるべきだろう、と備品管理課に進言しておこう」 「隊長みたいな腕力の方は、たぶんですけど……あの、あんまりいないと思いますよ」 「そうか?」  本人は不思議そうにしているが、間違いなく超々少数派だろう。だって今まで、手錠を腕力でぶっ壊した犯罪者の話など、聞いたことがない。  ファリエは疑問の視線で、彼を見上げる。 「もしかしてご先祖様の中に、ドラゴンの方がいたりしませんか?」  図らずも「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」と、よく似た文言になってしまった。 「たぶん全員、人間だと思うぞ!」  きょとん、と猫目をまたたいた後、ティーゲルは朗らかに笑った。  それはそれで怖いとも思うが、ファリエは半笑いで黙ることを選んだ。  二人がこのような、太平楽(たいへいらく)極まりないやり取りをしている傍らで、ギデオンとシリルの応酬は続いていた。 「私はもう、十年以上、ここで事務員を務めています! 隊長職の補佐官だって、何年も続けているのですよ! 誰よりも業務に精通している自負だってあります! なのに、何故補佐官を交代するのです!」  ギデオンは赤い顔のまま、シリルの整頓された机をバンバンと無遠慮に叩いて、つばをまき散らす勢いで吠えている。  一方のシリルは相変わらずの冷めた表情で、さり気なく紙ファイルを盾にして、飛んでくるつばを防いでいた。抜け目がない。 「そうですね。たしかに貴方も、団歴だけは優等生でいらっしゃいますね」 「だけとは何ですか!」 「これは失礼いたしました。しかしギデオンさん、先ほども申し上げました通り、貴方の補佐官としての業務は非常にいい加減で、隊長を補佐しようという意思が感じられません。また伝達漏れや提出漏れといった、初歩的ミスも少なくありません」  ギデオンの抗議を一切無視して、シリルは淡々と彼の至らなさを列挙する。ギデオンはぐっと奥歯を噛んで一瞬怯んだ。 「それはっ……隊長が、一度で私の話を理解してくださらないのが、一番の原因で!」 「隊長は事務処理能力にこそ大きな問題を抱えていらっしゃいますが、理解力自体はさほど低くありませんよ? どちらかと言えば物覚えがよく、かなり扱いやすい部類です」  これは果たして、いい年した成人男性への褒め言葉と捉えてもいいのだろうか。  微妙なシリルのフォローに、ついファリエは傍らの当事者ことティーゲルを見た。  ティーゲルもファリエを見下ろし、てへ、とはにかんだ。なんとも可愛らしい。  どうやら本人としては、彼の言葉も「褒め」に入っているらしい。 (それなら、いいのかな)  一応そう納得して、ファリエも二人の舌戦を引き続き見守る。  本当はさっさと退室したいのだが、この状況下では出来ないことぐらい、社会人二年目の彼女にも分かっていた。  そして部屋の外からはかすかに、隊長・副隊長抜きで朝礼を行う音声や物音が聞こえてきていた。彼らも、現在の執務室に関わるべきでないと判断したようだ。  粛々と日常を再開している同僚たちの姿を想像し、ファリエは素直に「うらやましい」と思ってしまった。 (早くあっちに戻りたいのに……わたし、戻れるよね?)  ふとよぎった不安に、ついふるりと体を震わせる。
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