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【1】
「はじめまして、よろしくな」
そんな言葉をわざわざ口に出してはいない。
当然だ。相手は圭亮の娘で、……言葉を解するかも怪しい状態だったのだから。
正直なところ、当時はいきなり突き付けられた現実に向き合うので手いっぱいだった。
四歳九ヶ月になるまで、その存在さえ知らなかった。別れた恋人が黙って産んで育てていた我が子。
「今日子ちゃんも悩んでたみたいなんです。私のところに来たときにはもう七ヶ月で……」
今日子が育った児童養護施設の指導員が、苦しそうに教えてくれた。流石に言葉を濁してはいたが、中絶可能な期間はとうに過ぎて「産むしかない」状態だったと。
施設職員を通じて支援を受けることができ、無事出産したらしい。生まれてすぐに手放す選択肢も提示されたようだが、今日子は拒否したそうだ。
「『家族』が欲しかったんじゃないかと思うんです。今日子ちゃんは本当に幼い頃に一人になって、……施設の職員にはどうしても埋められなかったものを求めたんじゃないでしょうか」
家庭の代わりではあっても、施設は「家」ではないし、児童指導員や保育士は「子どもたち全員の親であり先生」だ。
自分だけを特別に扱ってくれるわけではない。
まったくの部外者である圭亮が簡単に言えることではないが、同じ「愛して育む」状態でもきっと中身は同一ではないのだ。
冷たいかもしれないが仕事なのだから。
そしてそれは職員にも、当然入所している子どもたちにも責任などないのも事実に違いなかった。
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