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「ひぇッ!?」
すごい勢いで振り返り、身を縮こまらせた彼女らを見て、声の主はカリカリと頭を掻く。
「あー……驚くのも、無理はないか。こんな格好だし」
その声の主は、ギリシャの彫刻がよく着ているような、仰々しい服装をした若い男だった。
むき出しの腕を上げるのにともなって、胸元にあしらわれたアイビーの花と、やわらかい腰まわりのドレープが揺れる。
カチューシャのあたりに手を添え、彼は言った。
「なあ。その『神本』について、おれにも、くわしく教えちゃあくれないかな?」
◇
「……誰ですか、あなたは」
真っ黒な横髪を、ぎゅっ、と握りしめながら、勇気を振り絞ったような声で、天嶌が問う。
その隣で、あやしいです、と小声で、存外にも怖いもの知らずらしき三上がうなずいている。
「まずは、素性を話してください。……あやしすぎます。警備員さんも辞しません」
「まあそうなるよな……。話せばわかる、とりま聞いてくれ」
おれはヘレラという。まあ下っ端だが、『神』をやらせてもらっている。
「神……?」
かくして彼は、その事情について、つらつらと語り始めた。
◇
「おれには、想い人がいる。ガウラってやつだ。そいつがまあ、おれのこと大ッ嫌いっぽくて。何しても、なびきやしねえ」
まあ、そういうとこがイイんだけどな――そう言って、うへへ、と鼻の下を伸ばす。
「カワイイやつでな。おれよりも、女にモテねえから、ライバル意識が先に立っちゃってんだ」
「え」
三上が、身を乗り出した。
「そのひと、男のひとですか?」
「おう。おれと同じくらいの位階の、神だ。えっと……こんな奴」
懐から、一葉の写真を取り出す。二人はそれをしげしげと眺めた。どちらからともなく、うわ、美しっ、と感嘆の声が洩れる。
蝶のように、四枚の花弁を優雅にひろげた白い花。それが写真の青年の胸もとで、褐色の肌と、見事なコントラストを生み出している。
「これはたしかに、右ですなあ……」
「天嶌氏、禿同です。完全に解釈一致ですね」
ひそひそと言葉を交わす二人に、ヘレラが切り出す。
「そこでだ。……『神本』を、おれも作りたいんだ。ムーザに教えてもらった、『運命の一冊』を」
「なんて?」
異口同音に、疑問符が飛ぶ。
「なんでも、このペンで書いたものを本に――冊子の形にすれば、たとえどんな厳しい運命でも、その恋を成就させられるそうなんだ」
小さな包みを、大事そうに取り出す。
――緋のガラスペンが、手の中で燃えるように光った。
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