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レオナが真剣な顔で、話を続ける。
「聞いて下さい。我々は今しがた、このヘレラ氏から、ヘレガウの執筆を依頼されたのですが、……これはどう考えても、我々の想定とは逆――すなわち、解釈違いです」
「あら」
ムーザが片手を口に当てる。
「お気の毒に。この世に生まれるはずだった御本が一冊、減ってしまいましたのね」
「いいえ」
強い口調で、それを否定するレオナ。ミケコの手を取り、言う。
「いいですか。この世界には、幻覚でも形にして良い、という、暗黙の了解があります。つまり、我々はまだ、死んどりません」
ミケコを見る。彼女も、目の光を絶やさぬままうなずいている。
「私たちは確かに、そこに――ヘレガウという、これ以上ないうつくしいカプの中に、一筋の光を見ました」
ミケコが、ヘレラのほうを静かに、見つめる。
「つきましては、この、はかなく散った幻想を、私たちの門出の作品とさせていただいても、……よろしい、でしょうか?」
「……ああ。今夜、おそらくめちゃくちゃにされるおれへの、手向けにしてやってくれ」
力なく、ヘレラが笑う。彼女らが複雑そうに、少しだけ口角を上げた。
「だが……」
反論しようとしたガウラを、ムーザが手を伸ばして制する。
「いいでしょう。あたしが雑食で、これほどよかったと思ったことは、そうそうございませんわ。お二人の大いなる旅の始まり、あたしにもぜひ、お手伝いさせて頂戴」
作画のアドバイスなら、いくらでもしますわよ――。
ワンピースの袖をまくり、ムーザが、レオナとミケコの頭を撫でる。
「ビブロおねえさまにも、この件は伝えておきますわ。お仲間が増えそうですわよ、ってね」
軽やかにステップを踏み、去ろうとする荊棘の後ろ頭を、ガウラがおもむろに掴んだ。
「待て」
「……あのー。痛いのですけれど」
「俺も、ビブロのところへ、いっしょに行っても良いか?」
ひとつ、伝えたいことがあるんだ。
爽やかに唇を曲げて、言う。
「……まあ、良いですけれど。それより、はやく頭を離してくださいな。イバラが枯れちゃうわ」
生花で出来た髪飾りの調子を気にしながら、ムーザが不平を垂らした。
ゲートの中に、神々のすがたが消えていく。
その背を、しばらく、レオナとミケコは見送っていた。
すごかったな、という声が、揃っていた。
苦笑。
「……さてと。原稿やりますか」
「忙しくなりそうですねえ」
伸びをして、緊張を解く。
そこには確かに、まだ、情熱の炎がちらちらと揺らめいていた。
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