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◇
「……うふふふふふ」
ビブロは笑う。
彼女は本をつかさどる神だった。
その手には、やけに厚みのない、A5判型と思しき本が開かれている。
「たのしみですねえ。そんな『神本』、めったに読めませんでしょう」
よく見ると、彼女の先のとがった両の耳には、ワイヤレスイヤホンが装着されていた。
どうやら、通話機能を使って、誰かと話しているようだった。
「ええ、ええ。わかっていますよ。あくまでも、『彼』は、私達の手のひらの上――そのなかだけで転がせるように、しておけばよろしいのですよね?」
くつくつと笑う。
「いや、期待していますよ……。私もそろそろ、もっと斬新なのが読みたいなあと思っていましたもの」
手に持った本に、ちら、と目を落とす。
「いいですか。どんなに薄い本でも、そこには、書いた者の魂と、汗と涙と、それから血反吐が、ふんだんに混ざっているのです。その並々ならぬ想い、それこそが私にとって、唯一にして至高の美食」
ですが。
はあ、とひとつ、ため息をつく。
「人間とおなじように、私の知的好奇心と欲求もまた、とどまるところを知りませんのね。まさかまさか――知り合いの出てくるおはなしを、読んでみたいと思ってしまうなんて」
愉快そうに、くす、と、声をこぼす。
「そういうわけで。期待していますわよ、神絵師さん」
ワイヤレスイヤホンをととんっ、と、軽やかにタップし、通話を切る。
「ふう」
虚空にチョコレートの香りを吐き出し、そばにあったそれをまたひとつ、つまむ。
「差し入れをもらうのはうれしいのですが、私がいつも、冷蔵ボックスを持っていくことを前提にしていらっしゃるようで、どうも腑に落ちませんわね」
まあ、基本的にあまり行われない行動ではありますので、お互い様かしら。
真紅のかわいらしい箱を、しげしげと眺める。
「これが、いちばん、原稿が進むのですよね、と私が言ったからよね。お気づかいに、感謝しましょう」
そう言って、ワープロソフトを立ち上げ、タイトルを打ち込む。
――『暇を持てあましたがゆえの遊び』。
「ヘレラさんに、ガウラさん……ふたりならべるだけで、いくらでも白ごはんが進んでしまいますわね」
うふふ、とまた、あやしげな笑いを洩らす。
「さて。左に立たせなきゃいけないひとは、動き出してくれているかしら」
左手のひらを軽く宙に向けて広げると、その上に、澄み切った水晶玉が現れる。
「水晶よ。ヘレラさんの現在のお姿を、映して頂戴な」
と、命令する。
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