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秋が過ぎ、厳しい冬が来た。
深々と降る雪は、山麓を混じり気の無い白一色で染めていった。
積雪は生活の自由度を著しく奪っていったけれど、先生は変わらず森に通い続けた。僕は秋に収穫しておいたサトイモを始め、備蓄の食料を細かく管理した。暇な時は先生の部屋にある書物を読みながら、ゆっくりと春の訪れを待った。
ある時、農耕技術に関する古い本を読んでいると、ページの間から折りたたんだ一枚の紙がパラリと落ちた。
それは絵画だった。肖像画の写しのようだ。椅子に座る一人の女性の傍らに、若い男性が立っている。赤い癖毛を腰まで伸ばした絵の女性は先生によく似ていた。
若い頃だろうか。では、もう一人の人物は誰だろう。
軍服を身に纏った、黒い髪の青年。
その時、ガチャリと扉が開く音がした。
僕は咄嗟に、手に持った絵画を服の中に隠していた。
「トム、こっちに」
玄関から先生の呼ぶ声がした。素知らぬ顔をして部屋から出ると、そこには雪で服を濡らした先生と、肩を支えられて歩く一人の老人がいた。老人もまた雪塗れで、それだけでなくガタガタと身体を震わせていた。
「暖炉に薪を。大急ぎで部屋を暖めて。ハーブティーをいれて村長さんに飲ませてちょうだい。ショウガを多めにした方がいいかも」
僕は先生の指示した通りに動いた。先生は老人の身体に付着した雪を払い、湿った衣服を脱がせてその手足を擦っていた。匙で掬ったハーブティーを少しずつ老人の口に運んでいると、小さな声で「ありがとう、ぼうや」と感謝をされた。
少しだけ顔色が良くなった老人は、ベッドに横になったまま話を始めた。
「森の力を借りたいのです」
老人は先生を見つめてそう言った。
「畏れ多い事は存じています。しかし、そうしなければ村は保てません。働き手が戦に取られ、昨年から不作も続いています。食糧が足りないのです。状況はご存じでしょう」
確かに今年は思うように農作物が取れなかった。この家にも僕と先生が春まで過ごせるだけの分の食糧しかない。
「私達はあなた方の一族に敬意を払い、そして便宜を図ってきました。恩を返せとは言いません。しかし村が滅びて困るのはあなた方も同じ筈です。あの森の恵みを授けて欲しいのです。その為に私はお願いに参りました」
老人は深々と頭を下げた。
僕は少し不思議だった。村の食糧が足りない事は分かったけれど、それを補うほどの収穫物が冬の森にあるようには思えなかったからだ。
先生は深く考えるように数分の間黙り込んだ後、溜め込んだ何かを吐き出すように、ただ一言「わかりました」と呟いた。
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