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オーディションを終えて戻ってきた彼は、どこか清々しい顔をしている。出会った頃のおどおどした彼はもうそこにはいない。やり切ったのがしっかりと伝わってくる。
歌に踊りが出来るのは当たり前。審査員はその先のプラスアルファに目を光らせる。彼は海外グループに混ざり込んでも見劣りしないビジュと、なんといっても語学力がある。それに加え、大人の魅力もだだ漏れだ。アイドルも今や多様性の時代。遅咲きのアイドルがいたっていい。逆に、その魅力を売り文句にすれば良い。
「いい顔してるわねっ。とりあえずお疲れ様」
「ありがとうございます‼︎‼︎ はぁ緊張したっ。でも、すっごく気持ち良かったです。話もしっかり聞いていただけましたし」
笑顔でイキイキと話す彼は、この間門前払いをくらった男とは思えないくらいキラキラしていて、今のこの瞬間も、アステリアの光に包まれている。この独特の光を、私だけではなく審査員も感じ取れると良いんだけど。
「橙子さんっ‼︎‼︎」
「うわっ、ひゃっ‼︎⁉︎」
彼は駆け寄って来た瞬間、興奮が抑えられなかったのか、人目をはばからずにギューッとハグをしてきた。ちょっとちょっと、アラサー独身彼氏なしの私にはだいぶキツイ。こんな事をされたら勘違いしてしまいますよ。
「ど、どうしたのよっ」
「僕、人生で初めてやり切れたなって思って。全部全部橙子さんのおかげです。あれ、橙子さん? 体調あまり良くない感じですか」
「え?」
「ほら、すごく熱い」
彼の大きな手でおでこを触られた私は、あの凍りついた世界を一瞬で解凍出来そうな程真っ赤に熱ってしまった。全くいい歳してこんな事くらいでのぼせるとは。
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