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「橙子さん、すみません」
「いいのよっ、気はつかわなくて良いから少し寝ておけば?」
「ありがとうございます」
私は安心して目をつむる彼を横目に、山奥の小さな蕎麦屋を目指した。老夫婦が営むそのお店は、かつて私が道に迷い込んだ時、たまたま見つけたお店だ。
客層はというと、ほぼほぼ地元の高齢者で、SNSを駆使するようなタイプの者はいない。ここなら彼も、人目を気にせずゆっくり食事が出来るはずだ。
「ぐぐぐ……」
うふふ。少しだけイビキをかく無防備な彼が愛おしい。こんな姿を見られるのは世界でたった一人、この私だけ。もう少しで到着するけど、ちょっとだけ遠回りする事にしよう。
「はぁ、美味しかった」
「久しぶりにゆっくり食べれました。橙子さん、わざわざありがとうございます」
蕎麦を堪能した私たちは、その後それぞれの自宅に帰るはずだった。しかし、どこで情報を仕入れたのか彼のマンションの周辺に怪しげな影がチラホラ見える。
「どうする? しばらくは退散しそうにないわね」
事務所に戻るわけにもいかず、勿論私のアパートに売り出し中の人気アイドル連れて帰るわけにもいかず、結局、また何時間もかけ車を走らせ、ど田舎の簡素なホテルに送り届ける事になった。
「すみません橙子さん……」
「いいのいいの。また明日迎えに来るからゆっくり休んで」
「ありがとうございます。あ、あのっ」
「ん?」
「い、いえ、その……ありがとうございます」
「じゃあ、また明日」
「はい……」
こうして1日無事に終えた私は、明日も同じような1日になるのだろう。そう思っていた。
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