最愛の息子

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「…………。エリザベス、僕は……これでいいのだろうか? エドワードへ……愛する息子へ魔法を教えたのは僕なんだ。……君とエドワードが戦うとなってから……それを、見ていることしかできなかった、止められなかった僕は……」  声を絞り出し、ここまで言って唇を噛んだウィリアムにエリザベス、と呼ばれた女は笑いかけた。 「ふふ、ふふふ……気にすることないわよ。あなたは国が認めた魔法を教える教師ですもの。……仕事でしょう? 生活するための給与を受け取ろうとしてやっているのだから……誰もあなたを責めない。何かを盗んでいるわけでもない。……融通がきかなくて、いつまでも古い制度にしがみついているけれど、この国自体を嫌ではないわ。……ここはいいところよ。自然も住んでる人々も、ね。でも……私は、これから……こことは別のところへ行ってみる。……。……問題があったら、解決しなければ、変えなければならない。……そうでしょ、ウィリアム? ……人が変われば、世界そのものはどんどん変わってゆく。それってまるで、魔法よね。誰でもみんな、魔法使いよね。これは……あなたが、生まれたばかりのエドワードを抱いて言ったことなのよ。……ウィリアム……あの子をお願いね……」  女は日が沈んでいく大海原(おおうなばら)へ目をやった。 ウィリアム「…………。できるだろうか? 僕に……エドワードに消えない罪を背負わせて、君をこんな状態にさせてしまった……僕なんかに……」 エリザベス「……ふふっ……たしかに……荷が重いわよね。あなた一人に押し付けて、ごめんなさい。……苦しんでるあの子を抱きしめて、ママは大丈夫よって、私の口で伝えてあげたいけど……もう無理だわ。……ウィリアム、私と結婚してくれて、ありがとう。愛してくれてありがとう。……あの子の母親にしてくれて、ありがとう。……あの子は、エドワードは、どんな魔法使いになっていくのかしらね? 誰かに、助けてもらえると、いいんだけれど……。はぁ、疲れた……それじゃあ、そろそろ行くわ…………ここでお別れ、ね、あな、た…………」  船が汽笛を鳴らした。  出発するとの合図である。 「…………! ……ェ、エ、エリザ、ベ、ス……ッ……ッ……!!!」 「……………………」  波の音の中で夫は動かなくなった妻は抱きしめた。  すべてはわかっていたことだったものの、ぽろりぽろりと涙を流したウィリアムの目にはぼやけた船影がみえる。  続いていた苦痛がなくなり、弛緩(しかん)した妻の身体を抱いたまま、港から出港した船の姿をウィリアムは見つめていた。  暗くなっていくオレンジ色の空の下、波の音と海鳥の鳴き声は開いている窓から入ってきて潮風と混ざり合っては、彼の心をなでた。
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