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『――帰宅時間に雨が降るでしょう。傘を忘れずに――』
いつの間にか天気予報が始まっていた。
というかもう終わりそうだ。
「――やべ」
俺は勢いよく立ち上がり、ジャケットとバッグを掴んでリビングを飛び出す。
「志雄くん!」
いつもの電車に遅れそうだ。
一本遅い電車に乗ると、駅から学校まで走らなきゃいけなくなる。
だから、振り返らなかった。
「待って――」
「――行ってきます!」
背中でバタンッとドアが閉まる音がしたけれど、俺はエレベーター目がけて走るだけだった。
ギリギリセーフでいつもの電車に乗り込み、はぁと息を吐いて呼吸を落ち着かせる。
両手を上げて手すりにつかまり、混みあう車内でバランスを取って揺れに身を任せる。
あ、今日も飯はいらないって言うの忘れたな。
ふと思ったが、とてもじゃないがスマホを取り出してメッセージを送れる状況じゃない。
ま、いっか。
今日は普通にバイトの日だし。
いちいちバイトかどうかを伝えるのが面倒で、シフト表を渡してある。
バイトの時は店で簡単な賄いが出るから、俺の分の食事の支度はしなくていいと伝えてある。
それでも、翠さんは毎日、何時に帰るかを聞く。
まるで、ちゃんと帰ってくるかを確かめるように、少し不安そうに。
何時に帰るかを聞く時は、微笑んでないんだよな。
父さんにも毎日聞いていたのだろうか。
母さんの元から帰ってくるかと、確認していたのだろうか。
そう思うと、翠さんも哀れだ。
本妻の元に帰って行く恋人を見送る母さんも哀れだったが。
結局、悪いのは父さんだ。
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