プロローグ

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*****  夫とはお見合いで、私の一目惚れだった。  在学中にできた初めての恋人にこっ酷く振られた私は、ひと回りも年上の彼ならば優しく包み込んでくれるだろうと思い込んだ。  事実、夫は優しかった。  お見合いの席で、二人きりになるや否や深々と頭を下げて、会社を立て直すための繋がりが欲しくて見合いを受けたが、まさか私ほど年下の女が相手とは思わなかった、と謝ってくれた。  彼が謝る必要はなかったのに、だ。  彼は、父を亡くした私が祖父の死後も安心安全に暮らせる場所を提供できる見込みのある男として祖父が選んだ結婚相手で、恐らく彼からは断れない関係性だった。  この時の私は、既に何人かの男性とお見合いをしていて、全て私から断っていた。  私を見下す男、いやらしい目つきで見る男、媚び諂う男。  祖父の前ではいたって好青年なフリをして、二人きりになった途端、もしくは二度目に会った時には目つきも言葉遣いも変わっていたりする。  けれど、夫は違った。  だから、私は断らなかった。  そして、裏切られた。  よりにもよって、結婚式の十五分前に知らされた。  夫の息子によって。 「あなたの夫になる男の、息子です」  おかげで、結婚式のことはよく覚えていない。  ただ、学生服を着て、緊張を悟られまいと気丈に立ち、真っ直ぐに私を見て言った唇は少し震えていた。声も。 「どうして?」  同じく震えた声で聞いた私に、彼は答えた。 「こんな結婚、誰も幸せになれないから」  今思うと、中学生の言葉じゃない。  けれど、大人じゃないから言える言葉。  あの時、結婚式をやめようなんて思えなかった。  だって、既に前日、婚姻届を出してしまっていたから。  私は既に、夫の妻となっていた。  大勢の列席者に何と言えばいい。  朝、涙ながらに送り出してくれた祖父に何と言えばいい。  彼にとってこの時の私は、なんて打算的な大人に見えたろう。  けれど、選択肢なんてなかった。  迷う時間すら。  だから、言った。 「なるわ、幸せに」  この時、私はどんな表情(かお)をしていたのだろう。  彼が今にも泣きそうに見えたことだけは、覚えている。  そして、私の答えが、きっと彼を深く傷つけたであろうことも。
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