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子供用ではなさそうだが、水彩画のような儚げなうさぎの横顔が描かれている。
そしてもう一つ。
隣のクマの絵の茶碗を手に取る。当然のように。
「翠さん」
「?」
「俺、そっちのがいい」
断れないならせめて、と思ってクマの隣のきつねの茶碗を指さした。
「あ、こっちも可愛いわよね」
クマを置いてきつねを持つ。
「ふふっ。可愛い」
茶碗ひとつで大袈裟な喜びよう。
食器に限らず、マンションはかなりシンプルで色味が少ない。
若い女性が暮らすには殺風景なほど。
あまり物を置きたくない人もいるだろうが、そうなのだろうか。
選んだ食器を見ると、そうとは思えない。
「シリーズでお椀とか箸もあるみたいだけど?」
すぐ隣の棚を指さすと、彼女の視線が移る。
「どうせなら揃えれば?」
「いいの?」
なぜ俺に聞くのか。
「いーんじゃない?」
「志雄くんのも? 揃える?」
心なしか期待を感じさせる声に、嫌とは言えない。
「うん」
結局、茶碗とお椀と箸、スプーンやフォークも揃えた。
下の階のスーパーマーケットにも行った。
ネットでは買えないものや、ネットの写真とは印象が違ったものなんかをカゴ一杯に買った。
俺一人じゃ持ちきれない量だ。
帰り道、買いすぎたことに肩を落としていたけれど、嬉しそうだった。
なぜ買い物に歩かないのかと聞くと、翠さんは「よく迷子になるから、禁止されてしまったの」と苦笑いした。
さすがお嬢様だが、何度も違う道を曲がりそうになって納得した。
同じ道でしか行き来できないらしい。
「方向音痴なのは母親譲りみたいでね? 父は母を見つける天才になっちゃったの」
そう言って微笑んだ彼女は、少し寂しそうに見えた。
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