2.別れの理由

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『父さんは翠さんを見つけられなかったのか?』  そんな残酷な問いを飲み込む。 「帰ったら位置情報がわかるようにしようか。そしたら、翠さんが迷子になっても俺が見つけられる」  翠さんの一歩前を歩き、彼女の顔を見ずに言った。  それでも、彼女がどんな表情をしているのかは、声で分かった。 「そんな迷惑はかけないわ」  それは俺を拒絶する言葉ではなく、諦めのように聞こえた。  自分の世界の全てはあの部屋だ、と。  他の女と死んだ男に与えられたあの部屋が、自分の檻だと。  それが、たまらなく嫌だと思った。  だって、俺は知っている。  方向音痴だという彼女が、俺と母さんが住んでいたマンション近くに度々来ていたことを。  最初は迷ったかもしれない。  住所を調べてタクシーを使ったのかもしれない。  それでも、いつしか道を覚えたのだろう。  何度か、最寄駅で見かけた。  彼女は、自分が俺たちを見ていると思っていたかもしれないが、俺も彼女を見ていた。  今にも泣きそうな表情(かお)で父さんと母さんを見つめる翠さんに、何度声をかけようとしたかわからない。  もう来るなと、だから結婚するなと言ったんだと、父さん(あんな男)のことなんか捨ててしまえと、言いたかった。  その度に、あの日、真っ白なウエディングドレス姿で「幸せになる」と言った彼女を思い出した。  あの言葉は彼女の決意で、願い。  そして、俺の呪い。 「じゃあ、翠さんが出かける時は俺も一緒に行く」 「……え?」 「翠さんが迷子にならないように」 「ならないわ」 「買い物、楽しくなかった?」 「……」  翠さんの返事の代わりに、二人が持つ買い物袋がカサカサと音をたてる。 「また、買い物に行こう」  俺は呪いを解きたい。  あの日、翠さんに会いに行った自分自身にかけた呪い。  父さんが会社のために結婚すると知って、母さんに頭を下げる父さんを見て、怒り狂う母さんを見て、俺のすることは間違いじゃないと思った。  母さんのためじゃない。
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