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今思うと、母さんの言う『ひと回りも年下の子供』が不幸にならないように、なんて思春期でカッコつけ男子のくだらない正義感だった。
その正義感のせいで、俺は呪いにかかった。
だから、ずっと、翠さんのウエディングドレス姿を忘れられない。
「志雄くん」
「ん?」
「ごめんね?」
「なにが?」
「あなたを巻き込んで」
「……?」
足を止め、振り返った。
彼女の背後でオレンジ色の太陽が揺れる。
少しだけ眩しくて、目を細めた。
だから、翠さんの表情がよく見えない。
「なにに?」
「私の――」
ピロリロリンッ
陽気な電子音がして、俺はハッとした。
スマホを見ると、アラームが表示されている。
「やべっ! バイトだ」
「え? あ、行って? 荷物は――」
「――先に行って荷物置いとくから、ゆっくり帰って」
俺は翠さんの荷物を奪うようにして持った。
「え? あ――」
「――ここからなら帰れるでしょ」
マンションまで真っ直ぐだ。
俺は荷物をガサガサ言わせながら走り出した。
マンションに荷物を置いて、数分前に走った道を引き返す。
別れた場所とマンションの中間地点で翠さんとすれ違った。
「いってらっしゃい!」
「行ってきます」
すれ違いざまの言葉に反射的に返事をして、振り返らずに駅を目指した。
彼女の声が縋るような、必死なように聞こえた気がしたが、振り返らなかった。
バイトに遅れそうとか、気のせいだろうとか、自分に言い聞かせて。
高校を卒業するまでの同居生活だ。
特別な感情を持ってはいけない。
そう思う時点で手遅れなのだと、この時の俺は自覚していなかった。
アラームとは別に、ポケットの中で何度も震えるスマホの通知を無視したのも、そのせいだ。
十数件の、和奏からの着信とメッセージにぎょっとしたのは、バイトが終わってからだった。
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