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「あなた、こんな場所にまで押しかけてどういうつもり!? 話があるなら、せめて葬儀の後で――」
自称母親の伯母という女が、彼女に詰め寄る。
だが、彼女は真っ直ぐに俺を見たまま。
「――一緒に、来る?」
伯母の言葉などまるで無視して、そう言った。
「私と一緒に、来る?」
何を言っているんだ?
確かにそう思った。
だが、そう言ったのは俺じゃなかった。
「何を言っているの!? あなた」
ヒステリックにそう言った伯母は、別に俺を心配しているわけじゃない。
ただ、体裁を気にしているだけだ。
俺も彼女も、伯母など全く気にせず、ただお互いを見ていた。
睫毛が小さく震えている。
表情からは何の感情も読み取れないけれど、きっと冷静でいようと必死なのだろう。
愛人の葬儀だから、当然だ――。
なのに、彼女は来た。
そして、聞いた。
愛人の息子である俺に――。
二十五歳の女性には、到底耐えられない現実と、状況だろう。
なのに、涙どころか不安そうな表情ひとつ見せない。
そもそも、名乗りもしなかった。
それは、俺が自分のことを覚えていると確信しているから。
そして、きっと、俺の答えも――。
「一緒に来てほしいの?」
俺の問いは予想していなかったのだろう。
彼女は少しだけ視線を落とした。
「……わからない」
「志雄! 何を言っているの。この女のせいであんたの母親は――」
「――いいよ」
「え?」
「一緒に行っても、いい」
そう言った瞬間、彼女が微笑んだ。
『わからない』なんて嘘だろ。
わからないなら、聞くはずがない。
わからないなら、そんな風に微笑ったりしねーだろ。
この日、俺は翠さんの息子になった。
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