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いつもつけっ放しのテレビから天気予報が聞こえてきて、まずいっ! とバターロールを口に突っ込んだ。
「ほひほは――っ」
無理に喋ろうとして吹き出しそうになり、慌ててアイスコーヒーを飲む。
「大丈夫?」
翠さんが慌てて席を立ち、俺の背後に来ると、背中をさすった。
細く、柔らかく、温かい手で。
俺はそれを払うように身を捩り、ソファに掛けてあるジャケットと、ソファの足元のバッグを持った。
「行ってきます」
足早に玄関に向かう。
「待って! 今日は何時に帰る?」
翠さんが追いかけてきて、聞いた。
毎日、必ず聞くこと。
「バイトだから、飯はいらない」
「今日はバイトの日じゃないのに?」
「代わったんだ。来週はテスト前でバイトに入れないから」
「そう」
顔を見なくても、がっかりしているのがわかる。
俺はその場から逃げるように勢いよくドアを開けて飛び出した。
「志雄くん!」
反射的に振り返ると、閉まりかけたドアの隙間から、いつもの穏やかな微笑みが見えた。
「行ってらっしゃい」
母親は俺より少し早く家を出る生活をしていた。
だから、だ。
『行ってらっしゃい』と言われ慣れていないから、こんなに照れくさい。
こんなに、身体が熱い。
それだけだ。
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