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「ね! 今日は?」
「バイト」
「またぁ? もうずっと遊んでないじゃない」
和奏が唇を尖らせて膨れっ面をする。
グロスでテカッた唇が、よりテカッて見える。
学校では厚塗りしているのに、外で俺と会う時はリップだけにするところが可愛いと思って付き合っている。
だが、母親の死後はその気持ちも薄れつつある。
もともと、告られて、特に嫌でもなかったから付き合い始めた。
人並みに女に興味があったし、実際に付き合ってキスやセックスをするようになれば、情も湧いた。
それも、ご無沙汰なわけだが。
翠さんと暮らすようになって、バイトのない日は家に帰って彼女とご飯を食べるようにしていた。
世話になっているんだから、最初くらいはお行儀良くしようと思ったわけだ。
だが、それが心地良くなった。
一緒にご飯を食べるだけ、だ。
彼女から学校のことやバイトのことを聞かれる以外、特に会話もない。
それでも、黙って食べるだけの時間が、苦じゃない。
「ね! じゃあ、来週は志雄の家でテスト勉強しよ?」
「ダメ」
「なんで?」
「言ったろ? 俺は居候なの。女連れ込むとかできないの」
「勉強だもん、いいじゃない。それに、新しい住所も教えられないくらい肩身狭いの? それってどーなの?」
珍しく食い下がる和奏に、俺は少しイラついた。
和奏には、後見人の家に引っ越したとしか言っていない。
高級マンションで、俺に与えられた部屋が和奏の部屋より広いとか、一緒に暮らしているのが若い女だとか。
根掘り葉掘り聞かれても答えられないし、そもそも根掘り葉掘り聞かれたくない。
父親の本妻と暮らしてるとか言っても、理解できないだろうしな。
所詮、その程度の関係だ。和奏とは。
いや、友達も含めて、誰にも言えない。
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