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まさか、それなりに感心して読んでいたという小説の作者『恒河沙』が、よりによってあんな大口を見られたこの僕だったとは……。
「電車、おんなじなんでしょ? 一緒に帰ったら?」
帰り際、田原さんが愛加里さんへ投げた言葉。
愛加里さんは、一瞬固まったあと、なぜか顔を真っ赤にして、のけ反りつつ首を振っていた。
「今日は、俺が払うぜ。ショウ」
どうしたことか、払いはぜんぶ鬼泪山がしてくれた。
最近はなぜかけっこう金回りがいいらしい。
まぁ、田原さんの前で格好つけたいんだろうと思って、今日は敢えて甘えることにした。
彼女らを見送り、マスターともう少し話すと言ってカウンター席へ腰を下ろした鬼泪山を残して、僕は独りで馴染みの通りへ出た。
見上げると、空はもう秋星座の独唱会。
ちょっと普通なら考えられないかもしれないが、僕は敢えて彼女たちに本名を言わなかったし、プライベートな連絡先の交換もしなかった。
今日のことは、これでおしまい。
田原さんとは、明日からまた顔の見えないSNSユーザー同士。
愛加里さんとも、同じ電車に乗り合わせるだけのアカの他人。
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