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魔王の言いなりの国王に仕える無頼船頭を、主人公が酒場で口説き落とす中盤の見せ場だ。
どうやらメッセージの主は、よほど僕の小説を気に入ってくれたとみえる。
やや褒めすぎのような気もするが、まぁ、こんなふうにストレートに高い評価をもらうのも悪くない。
また、安い虚栄心がじわりと満たされていく。
喧騒が消え、扉が開く音がした。
開いた扉の向こうで、雨上がりのプラットホームがしっとりとしている。
ふと、思わぬ賛辞にだらしなく口角を上げたりしてはいないかと、僕は突然我に返り、それからおぼろな背景の車窓に映ったその顔を見た。
いつもどおりの間抜け面。
その顔の下のライトブラウンのオータムコートは、おととい買ったばかりの安物だ。
くたびれた紺のネクタイが、その安さをいよいよ強調している。
透けた間抜け面の向こうに見え隠れする、背広姿の白髪頭や短いチェック柄の制服スカートたち。
数多の『日常』がホームに響く発車のベルに溶けて、もうずいぶん少なくなった空席に滑り込んでいる。
毎朝見る、同じ顔。
初めて小説を書いたのは、あの女子高生と同じ歳のころ。
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