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まだ制服を着て自転車で学校へ通っていた少年が、まるで現実から逃げるように無心で綴った稚拙な物語たち。
本当に楽しかった。
書き綴ることが楽しくて仕方なかった。
そして、故郷を出て都会の風に胸を躍らせ続けた大学時代の半ばまで、人と人との航跡が複雑に絡み合い、喜び、怒り、悲しみ、慰め合う、そんな人間臭さをありありと描く数々の物語を、僕は寝る間も惜しんで書き続けた。
大学を卒業して一年。
もうずいぶん、あのころのような物語は書いていない。
いまでも書けるだろうか。
しかし、それが書けたとして、そんな小説を一体誰が読みたがるだろうか。
誰が、そんな重苦しい人間模様に興味を示すだろうか。
そんなことを考えていると、今日もそのなんとも冴えないひとつ結びの黒髪女性が、制服の女子高生の隣、ちょうど僕の向かいの座席に腰掛けた。
座るなりスマートフォンを取り出して、熱心にその画面に没入する。
静まり返った車内に浸潤した発車のアナウンス。
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