1-1  柔らかく揺れたひとつ結び

1/15
前へ
/212ページ
次へ

1-1  柔らかく揺れたひとつ結び

「ねぇっ、(はぎ)()先生っ、わたしも『先生』になっちゃいましたっ」  白を基調とした無味な学習室は、窓の外を満たす漆黒に迫られて、まるで深海に沈んでいるかのようだ。  講義の終わりを告げる、軽薄な電子音。  それとともに椅子を引く音が響き渡ると、塾生の子たちが一斉に立ち上がった。  そして、なぜかその喧騒を押しのけて、唐突に教壇へと駆け寄る満面の笑みがひとつ。  (みなと)(もも)()さん。  我が国随一の最高学府を目指している彼女は、今年の春からこの塾に通うようになった高校二年生だ。  柔らかなショートカットが可愛らしいが、その目はずいぶんと大人の様相をしている。  身を包んでいるのは、都内有数のお嬢様学校の制服。  そして、その上には、秋らしい淡い(はしばみ)(いろ)のカーディガン。  なにを企んでいるのか、やっと最後の講義を終えて家路へ就かんと急ぐ僕の袖を掴んで、彼女はそれをパタパタと揺らしつつわざとらしいえくぼを見せた。  努めて笑顔で返す。 「えっと、どうしたの? 湊さん。キミが先生?」
/212ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加