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今頃になって思う。スマホをかざし、空にレンズを向けながら、君がフレームに納めたかったのは雲だったんじゃないか。
二両だけつながったローカル線の電車が、目的の駅に到着した。
青木拓生は、座席でずっと眺めていたスマホから目を上げる。小柄な背にリュックを負いホームに降りた。
最初のときは、二人で。二度目の今日は、一人で。駅前なのに車道が左右に伸びるだけの午後の風景を見渡し、左に進む。踏切を過ぎて、郵便局があって、そう、ここで右に曲がった。
あとは道なりにまっすぐだ。顔を上げると、並んだ住宅の先に、海面が三日月の形に横たわっていた。空は薄曇りでくすんでいるが、滲むかすかな陽を受けて、ちらちらと小さく反射する光に、わずかに胸が躍る。
ジーンズのポケットから取り出して再びスマホに表示した。朝の、昼の、夕方の。刻々に色合いを変える、空と雲の写真ばかりが並んだSNSのアカウント。同じ空、のはずだが、画面に切り取られたのはほんの一部で、実際は何倍も何十倍も広い。
見つかるかなあ。
無数の写真をひたすらスクロールすると、唐突に金色が目に飛びこんでくる。この一枚だけが、空をバックにしつつも斜めに人が写りこんでいるのだった。日差しを受けて輝く長い髪をなびかせた、学校の制服らしき紺色のブレザーとチェックのスカートの後ろ姿。
顔も写ってない、名前も知らない。手掛かりにするには心もとないが、彼女を頼りにするしかない。
見つかっても。会ってくれるか、どうかもわからないけど――。
溜息が出る。今さらなのはこちらのせいだが、返事も来ない。
こんなに遠かったっけ。あのときは、二人だったから気にならなかったのか、一人で似たような景色の一本道を進むと随分道のりが長く感じられた。
ふと、背後から金色の風が吹いた。
振り向いて一瞬、背筋を冷やす。拓生の鼻先をかすめて、制服の男女二人乗りの自転車が駆け抜けた。
「わりい」
まったく悪いと思ってなさそうな軽快な声は、自転車を漕いでいた男子生徒のものだ。後ろの荷台に腰かけてこちらに顔を向けた女子生徒に、拓生は目を奪われた。
先ほどの海面のきらめきが金色の風になって彼女のもとに瞬間移動してきたようだった。
息を飲んだまま見送り、慌ててスマホの写真を見直す。すぐ、違いには気づいた。荷台の彼女の髪は黒かった。肩にかかる程度で背中を覆う長さもない。そうだよね、そんないきなり、都合よく見つかるわけない――肩の力が抜けたが、しかし、瞳には、まだ、宙に金色のラメをまいたようなきらめきが焼きついていた。
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