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   週が明けて、月曜日が初登校だった。拓生の頭上には九月の高い青空が広がり、新しい高校、新しい担任、なのにむしろ足取りは重く晴れがましさもない。二年生の教室へ、先に立って案内してくれる黒縁メガネの若い男性教師は小島(こじま)と名乗った。 「まあ、学期も月も途中の時期外れだからな。理由聞かれるのが嫌だったら、家庭の事情にでもしとけばいいんじゃないか」  職員室から廊下に出て、少し砕けた口調が意外だった。手続き中は指示も表情も淡々としていて、判断がつきかねたが、やはり拓生が前の高校から編入してきた経緯は把握しているのだろう。腫物扱いされるでもなく、あれこれ問いただされるでもなく、このようにさらりと触れられるとは。 「未成年の転居はだいたい家庭の事情だしな。それでも聞くやつは聞くだろうが」  曖昧にうなずきながら、内心、拓生は否定していた。  僕の場合は。僕の、せい――。  視界が廊下のネズミ色に染まる。もともと、平均以下の身長の拓生がさらに小さくなってのろのろと歩みを進めると、ぽすんと頭頂部がやわらかい壁にぶつかった。小島のスーツの背中だった。 「世界の終わりみたいな顔だな」  足を止めて向き直り、メガネの縁に指をかけながら目を細めたり開いたりする。小島の仕草に、拓生は自分が顕微鏡の上の観察対象物になった気分を味わった。やがて分析が終わったのか、 「抱えなくていいものまで背負わなくていい。何事も、原因は単純じゃないから。そんな簡単に誰のせいとか決まるものじゃない」  開いた教室の扉へ、ぽんと背中を押された。 「とりあえず、深呼吸しとけ」   せっかくのアドバイスだったが、拓生は窓際の一番後ろの席を目に留めて、逆に息が止まりそうになった。  金色が漂う。彼女の周りだけ。一昨日出会ったときと同じに。  昼休みになると早々に教室を離れる。昇降口にたどり着くと、拓生は長すぎる一日に大きく息をついた。  彼女だけでなく、彼女の席の前には、自転車を漕いでいた男子もいた。さらに、拓生の席が彼女の隣になったので、おそるおそる机に近づくと、よ、とやはり軽快に声をかけてくれた。どうやら一昨日すれ違った相手だとは気づいていないらしかった。彼女は、周囲に構わず、窓の外に視線を投げたままだった。  
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