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残りの二時間は、ぐるぐるとクエスチョンマークが頭の中を回り続けたおかげであまり緊張せずに済んだ。
〝あんなヤツと一緒にすんな〟
線の細い口元から発せられた尖った声が繰り返し耳によみがえる。
あんなヤツ、って。誰?
まずこれが問題で、もしかして、拓生の目指す相手と同じなのかと期待も膨らむ。が、同じにせよ違うにせよ、あんな、ほとんど会話になっていないやりとりで、いったい誰を思い浮かべられたというのか。拓生にとってはそれが最大のナゾだった。
一緒にすんな、って。よっぽど、嫌ってるみたいだし。
次、会えたら聞くしかないが、その前に、写りこんでいるのがあの女生徒かどうかを確かめた方がいいかもしれない。
放課後、拓生は一昨日と同じ、海へ伸びる道を歩いていた。遠い海面に、ちらちら躍る細かな光を見ながら再び自省する。ハッシュタグ、キラキラ。あの写真についていたので口にしかけたが、そんなことを聞いても、何かの説明になっただろうか。なぜそのハッシュタグがついていたのかも知らないが、ただ、明るい青空とその下に海の波が揺れる一枚の写真の中で、一番にきらめいているのは彼女の後姿なのだった。
初日からいろいろありすぎて、早く帰りたいのはやまやまだったが今日はあと一つ行かなければならないところがある。両親と離れて、一時的に叔父の家に世話になるにあたって、ちゃんと診察を受けることも母の条件の一つだった。予約も入れているので仕方がないが、正直気が重い。
また、聞かれるのかな。眠れない理由や、きっかけなど。わかるものなら、拓生が教えてもらいたいくらいなのだが。登校できなくなった原因の出来事についても何度も話したくなるものではない。
しかし、編入したい高校の近くに、新書二冊の著書がある精神科医が開業しているクリニックを見つけたのは好都合だった。おかげで、そのクリニックに通いたいから、と目当ての高校が叔父の家から二駅の距離にあったという大きな幸運をカムフラージュできたし、案の定、著書があることは、編入に頑なに反対する母が和らぐいい材料にもなった。集中が続かないので中身は読めていないが、著者紹介の近影は、父親と同じ年頃の感じがよさそうなおじさんだった。
あ。
考えごとに頭をとられて通りすぎるところだった。歩道に面した幅の広いチョコレート色の門扉を前に立ち止まる。右隅に、吉良メンタルクリニック、と書かれた三十センチほどの横長楕円形の看板が掛けられていた。目立たないし、一見すると普通の一戸建て住宅のようだ。実際、住居と一体なのだろう、門扉からまっすぐ続く舗装の先には、やわらかなクリーム色の二階建てがあり、右に伸びる舗装は、一階に広く張り出した白い壁に続いていた。
「あー!」
背後からあがった軽快な驚きの声に、拓生も目を丸くする。
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