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「どうした拓ちゃん、家ここら?」 「いや、あの」  ロゴTシャツにデニムとすでに私服の片腕がひょいと拓生の肩に乗る。同じクラスになったばかりで名前を覚えてくれているのはありがたいが、いろいろ軽快すぎて言葉に詰まる。 「(かおる)」  笑顔で自身に向けた親指を、手首を返してクリニックの隣の美容室に向けた。 「オレんちそこ。寄ってく?」  「ちょっと、用事があるので」  一昨日自転車でこの道を走っていたのに納得しつつ、目の前なのだが通院とは言いづらい。 「あぁ、吉良とーちゃんとこか。そこ、入って右な」  きゅっと心臓を縮める拓生に構わず、どこまでも軽快に背中を押してくれる。しかも、門扉が向こうから勝手に開くではないか。驚きに、拓生の目がいっそう丸くなった。 「診察が必要なら、他のところに行け」  パーカーにスキニージーンズと、ラフな服装で仁王立ちの彼女がいた。初めて聞いた彼女の声は、澄んだ響きで有無を言わせず鼓膜に刺さる。 「あんなヤツに診てもらわなくていい」  状況に追いつけず、拓生は棒立ちで固まってしまったが、 「ここな、コイツんち」  圧に慣れっこの薫は変わらず明るかった。 「なぁ拓ちゃん、マジで聞いて、笑うから。コイツな、名前」 「言わなくていい」 「名前大事だろ。拓ちゃん知りたいだろ。コイツな、吉良さんちの輝羅。つまり、フルネーム、吉良輝羅(きらきら)っての」  え。 「すっげーだろ、ザ・キラキラネームオブキラキラ!」  腹を抱える薫と、 「好きでそうなったんじゃない」  噛めるだけの苦虫を噛みつぶした輝羅をよそに、拓生は金色の風と金色の写真を思い描いていた。あぁ。ホントだ。  ハッシュタグ、キラキラ。髪の色は違うけれど。目の前の彼女にこそ、ぴったり。 「すごく。似合う」  つい、しみじみ呟いてから、二人の視線を受けて慌てて取り消した。 「なんか、ゴメンナサイ」  輝羅は名前を嫌がっていたのに。薫が笑って恐縮する拓生の肩を叩いた。 「二人目だな拓ちゃん」 「え」 「つーわけで、どうせ名前だか名字だかどっち呼んでもわかんねーから、好きに呼び捨てろ」 「いや、そういうわけには」 「診察サボるかこのまま。だいじょぶ、吉良とーちゃん、ぜんっぜん怒らないから」 「いや、そういうわけにも」 「だな。見た目まんまマジメだな。ほら輝羅ジャマ、拓ちゃん入れないだろ」  手を振って彼女を下がらせ、拓生を門扉の中に押しこんでくれた。 「行ってら~」  明るく見送られながら、若干狐につままれた気分でクリニックの入り口に向かう。 「輝羅、チャリもう直ったんだろ、早く取りに行けよ」 「行くから買い物する前に乗せてけ」 「ヤダって、重いし飛ばせうるさいし」 「だから荷物が増える前に行くし」 「いって、蹴るなって、わかったから」  仲いいな。遠ざかる二人の会話を背後に、拓生はクリニックのガラス扉を抜けた。  歩道で、薫が自転車を出すのを待つ輝羅は、ブルーのスマホを空にかざし、画面の中に広がる空を、リアルな空に並べて眺めていた。  
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