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 文乃は、大和の国の華族の娘だ。しかし姑によく似た面差しを実母に疎まれ、祖母が亡くなった途端に座敷牢に放り込まれた。ここまで嫌われているにもかかわらず、家から叩き出されないのにはそれなりの理由がある。  蔵の中は、「曰くつき」の品が山積みになっている。杉や桐の箱に納められているのは、古伊万里の皿に艶やかな陶人形。作者不詳の水墨画に、七宝焼きの香炉。不用意に手を触れれば命を失う「曰くつき」。文乃の姉は、文乃が呪いを一気に引き受けて死ぬことを期待しているらしかった。 「曰くつき」の品々からは黒い液体が溢れている。いわゆる「瘴気」というものなのだろう。ひとたび手に触れれば、見たことのない誰かの記憶が一晩中頭の中を駆け巡るらしい。人間よりもずっと長い一生を、何度も何度も体験するのだ。肉体も精神も消耗し、やがて死に至る。  井手本家は、古くからある旧家。「曰くつき」の穢れを祓う役割を担っていたとしてもおかしくはない。けれど祓い方など知らない文乃には、できる限り「曰くつき」に近づかない以外に対処法がなかったのだ。  姉の態度を思い出し、再びため息を吐いたその時。床で黒光りしていた液体が、唐突に質量を増したような気がした。見間違いだろうかと目を瞬かせた文乃は、声にならない悲鳴を上げた。軟体動物のように膨らんだ液体が、一直線に文乃に向かってやってくる。しゃがみ込み、小さく丸まったものの、いつまで経っても衝撃が来ることはない。 「おい」 「だ、だれ?」 「助けてやろうか?」  どこか面白がるような、甘い声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、美しい銀色の猫がべしべしと軟体動物もどきを叩きのめしていた。
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