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(6)
「清月は、消す必要などないと言うのですか」
「当然だ、自業自得なのだから」
「そんな」
「別に良いではないか。このまま放っておけば、母屋の連中はみな息絶えるだろう。あの着物はお前を大切にしていた祖母のものだ。いまだ付喪神になることも叶わず、お前を助けられないことを口惜しく思っていたらしい。ようやっと手に入れた力であやつらを一掃するつもりのようだ」
文乃は、焼け焦げた着物を抱きしめる。決して依怙贔屓(えこひいき)することなかった祖母の中に、これほど激しい感情があったなんて。
「清月」
「周囲の屋敷に飛び火することはない。安心して見守っているがいい」
「そうではないのです。私は、あの火事を止めねばなりません」
「あいつらに、文乃は今まで傷つけられてきたのに?」
「分かり合うつもりはないと相手を拒んでしまったら、お母さまと一緒だもの。おばあさまはきっと悲しまれるでしょう」
「どうやっても分かり合えない人間だっているだろうに」
「それでも努力し続けることが、人間らしさなのではないかしら」
当たり前のように文乃の邪魔になるものを切り捨てようとする清月のことが愛しくてたまらない。この優しい生き物がいるのなら、どんな汚い気持ちを抱えていても、まだひととして留まっていられるような気がした。
「ねえ、清月」
「なんだ」
「あなたに出会わなかったら、何もかもすべて燃やしてしまったことでしょう。でも、誰よりも私のことを大切にしてくれるあなたがいるから、あのひとたちを助けようと思うの」
「文乃は、俺が大切なんだな?」
「急にどうしたの?」
「俺が一番大切なんだな?」
一番辛い時に、隣にいてくれた清月は文乃にとって家族も同然だ。離れ離れになるなんて考えられない。
「なるほど、承知した。そもそも死ねば苦しみは一瞬だが、生きていれば地獄は続く。仕返しとして、なかなか悪くない」
家や財産を失った華族のご令嬢とその病弱な母親が、まともに暮らしていけるはずがないのだ。清月は喉を鳴らし、文乃の唇をなめた。
「まったくもう、せいげ」
そこで文乃が固まってしまったのは仕方のないだろう。何せ先ほどまで銀色の猫がいた場所には、美しい銀髪の偉丈夫が立っていたのだから。
「せ、いげつ?」
「いかにも」
「だって、清月は猫で」
「俺のことを何より大切だと言ってくれただろう。一生家族として隣にいると。嫁御が来てくれたのだ。本来の姿で隣に立たねば、失礼だろう?」
文乃の震える手に、清月が大きな手を重ね合わせる。手の中に現れた筆で着物に浮かぶ墨を吸い取れば、するすると文字が飛び出した。他の品々の記憶よりも濃密なのは、近しいひとの持ち物だったせいなのか。
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