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「後生ですから、外に出る許可をくださいませ」 「文乃(ふみの)ったら。いつからお願いが言える立場になったの?」 「申し訳ございません。けれど、蔵の中がおかしいのです」 「蔵の中がおかしいのは、昔からでしょう? なんと言っても井手本(いでもと)家の蔵にあるのは、どれもこれも厄介な『曰くつき』ばかりなのだもの」  頭を床にこすりつけて懇願する文乃のことを、文乃の姉は蔑んだ瞳で見つめていた。 「敷地内から出るのがはばかられるということであれば、おばあさまのお部屋に入る許可をくださいませ。現状を打破するための書き置きなどがないか、確認したいのです」 「母屋に入りたがるなんて、当主の座を乗っ取るつもり?」 「いいえ、私は」 「お母さまはお身体を悪くして寝込んでいらっしゃるのに、あなたときたら自分のことばかり」 「けれど、このままでは井手本家が」 「お黙りなさい! 役立たずの癖に無駄口ばかり叩いて。あなたの今日の食事はなしよ。しっかり反省なさい」  文乃の姉が苛立たし気に叫び、無情にも蔵の扉が閉められた。実姉の肩越しに見えていた夕焼け空が、あっという間に見えなくなる。じきに日が暮れるだろう。薄暗い蔵の中で、文乃はひとり小さく息を吐いた。
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