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10.
それは櫂が作ったのは世界でたった一冊の手作り写真集。陸斗はもう一枚ページをめくる。夏休みにコンビニのアイスを食べる自分の姿。
「ごめん。本当にごめん」
絞り出すように陸斗は口を開く。
「櫂がいなくなるからさ、だから特別な思い出をって思ってたけど、間違っていたのはおれの方だった。なんて言えばいいんだろう。特別なことしなくても、こんなふうな平凡な毎日はもう来ないって思うと、こんな平凡な毎日も特別だったんだなって……」
真冬の風が吹き抜けた。氷のように冷たい風。そんな冷たい風の中で、櫂がしっかりと陸斗の目を見つめる。
「決めた。僕はやっぱり写真を勉強したいって。いつか写真関係の仕事に就きたい。もちろんできればカメラマンに」
「櫂なら絶対に大丈夫」
「それに、冬の大三角形を見るって約束破ってごめん」
そう言った櫂の顔がくもった。
「しょうがないよ。引っ越しの準備があったんだから」
「ねえ、シリウスまでの距離って覚えてる? 冬の大三角形の」
「たしか8年くらい……。そう8光年」
「うん。今、シリウスが放った光がこの地球に届くまで8年ちょっと。その頃僕たちは大学生か働いているくらいの頃」
櫂の言葉に陸斗がうなずいてこたえる。
「でも、行けない距離じゃない」
陸斗は強くそう告げた。
「またいつか会おう。シリウスからの光がこの地球に届く頃に」
櫂がそう言って、二人はそれぞれの帰路に着いた。陸斗の手には櫂が手作りした世界にたった一冊だけの写真集。いつかカメラマンになるかもしれない櫂の、最初の写真集だ。
(おわり)
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