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あれから何冊の本を読んだんだろう。
改めて思い返してみれば、そんなにたいして読んでいない気もするけど、咲乃と仲良くなったことで平均よりは多くなったのかも知れない。それと偏りもあるけど。
「そろそろ帰らないと、晩御飯に間に合わないね。本題に入ろう」
スマホの時計を見ると、「11:20」……いや、「11:2D」だ。最後がゼロじゃなくて、アルファベットのディーになってる。これでも一応、時間は経過しているということを示しているんだろうか。
「これはさっきも言ったようにお礼なんだ。君たちの願いをひとつ叶えてあげたんだ」
あげたって、ことは……。
「その本を」
夜耳堂さんが指さしたのは『アクロイド殺し』。
「貸し出す時に、私もあそこにいたんだ。そこで君はこう言った。「記憶を消してもう一度読みたい」って。私はそれを叶えてあげようと思った。そして、二人が忘れた頃に思い出させてあげようってね」
「………………ええ? そんなことのために……!」
「私たちをここへ連れてきたんですか?」
「あれ? 何だそのリアクションは……」
「いやいやいや。どうせ願いを叶えてくれるなら、もっと他にあるでしょ!」
私はつい大きな声を出してしまった。
「そうかな? 私にはすごく大切な願いに見えたんだけどな」
夜耳堂さんはそう言って遠い目をする。
多分、思い出しているんだろう。
図書室に咲乃がいて、私が後から入ってくる。
私が本を借りようとして、咲乃に話しかける。
もう一人の図書委員のフリをした今よりも少し幼い姿の夜耳堂さんがいて、貸し出し手続きをしてくれる。
本を見ながら咲乃が言う。「記憶を消してもう一度読みたい」って。
そしてきっと、その本を読んだ私も同じことを思った……。
その記憶を一旦消して、また思い出させにわざわざやって来た。
夜耳堂さんは一人で満足気に頷くと、改めて私たちを見た。
「さて、ここらで退散するとしようか」
「消えちゃうんですか?」
なんだろうな、この気持ちは。
「あ、本は返してもらおうかな。それとも買い取る?」
「……」
私たちは本を返した。
ふと疑問に思った。
「あの、『アクロイド殺し』の方は分かったとして、『注文の多い料理店』は何のために持たせたんですか?」
「これは神バフがかかってるんだよ。まあ、巨大な「幻想視共有」を見せるための補助輪みたいなものだね。せいぜい盛大にやろうと思ったのと、私も万能って訳じゃないから。私の力は現実に対して作用しているようでしていない。人間の脳を媒介する必要があ……て……」
話しているうちに夜耳堂さんの姿は薄くなっていき、やがて闇に溶けていった。
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