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咲乃が適当に歩き出して妙なことを言うもんだから、いつの間にか歩道橋を上っていた。そんなところ通らなくて良いのに。
「ていうかもう戻ろうよ。良い時間だし」
「そだね。……でも、あっちに戻ったらまたアイツいるかも」
歩道橋の上から見てみると、まだいた。スマホの近くにキャンプ用の折り畳み椅子を置いてそこに座ってる。大学だか美術だか知らないけど何なんだその課題は。
「……じゃ、反対側から帰ろっか」
遠回りになるけど、また噛みつかれたら面倒だ。
ここの歩道橋はけっこう大きくて入り組んでいる。隣の市は栄えてるんだけど、こっち側はそこへ行くための通過点みたいな感じで微妙に田舎だから土地が余ってたのか知らないけどやたらと車線数の多い道路が交差している。
気がつくと、ちょっと薄暗くなってきていた。
「ねえ、あれ……」
咲乃が前方を指差した。
何かが反対側のスロープから上ってきている。
「屋台、かな……?」
私達のいるところからはその屋根の部分だけが見えている。
「でも、歩道橋の上を屋台なんて通るかな……?」
「いや知らんけどさ……」
スロープから姿を表したのは、屋台を引いた電動アシスト付自転車に乗った女の人だった。髪が長いし、身体つきからしても多分そうだと思う。
屋台は食器棚のように細長い構造をしていて、歩道橋の幅の半分ぐらいあった。よくこんなものを引いて上まで上って来られたというか、そもそもこの立体交差の近所に来るまでの間に色々障害があったと思うんだけど、この女の人はよっぽどこの近所に住んでいるんだろうか。
女の人は私たちの方に近づくとスピードを緩めた。眼鏡を掛けている。意外と若そうだった。
女の人は私たちに目を向けると、屋台を止めて口を開いた。
「何か探してる?」
「え……?」
咲乃も私も言葉にならない空気を吐いた。
「まあ、見ていきなさいよ。狭い店だけどさ」
女の人が屋台の折戸を開けると、その中には本が詰まっていた。
夜耳堂、という屋号が見えた。
「これって……」
「そのままヨルミミ堂だよ。古本屋なの。今、灯りを点けるね」
私たちの返事も待たずに夜耳堂さんは開店準備らしきものを始めた。
「えっとあの、いやこんなところでですか?」
「最近は待ってるだけじゃ商売あがったりなんだよね。だからこうして、何か探してそうな客を逆に探してるんだ」
夜耳堂さんは笑っている。怖いという訳ではないけど、得体の知れない迫力みたいなものがあって、私たちは抗えなかった。
とりあえず、並んでいる本を眺めてみることにした。
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