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なんとなく右端の方から見ていくと、太宰治が何冊かあって、その次は中原中也やゴーゴリだったりして、国内外の作家の本が入り乱れていた。それらが珍しい本なのかまでは分からなかった。
咲乃は図書委員なんかやっているんだから、こういうものの価値が私よりはちょっとは分かったりするんだろうか。彼女の横顔は興味があるんだかないんだかよくわからないけど。
「何かあった?」
「……これって…………」
咲乃が指さした一冊の本は、赤い表紙の文庫だった。
アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』だ。何故か『中島敦全集』の一巻と『芥川龍之介短編集』の間に挟まれている。
「触って見ても良いですか?」咲乃が確認した。
「もちろん」夜耳堂さんは嬉しそうに笑っている。
咲乃は抜き出した文庫本を開いた。
「……やっぱりこれ、図書室にあった本だ」
「え……?」
「ほら、ここに蔵書印が押してある」
古いものであるらしく、かすれて読みにくかったけど、咲乃の言うとおり、私たちの通う学校名の入った朱印が押されていた。
私たちは夜耳堂さんの方を見た。
「ん? どうしたの?」
「あの、これ……どうやって手に入れたんですか?」
「どうやってって……。ここの本は基本的にはうちが買い取ったものだけど。……君たちの学校の図書室の本だって? うーん……、まあ、除籍になった本を引き取ることもないではないけど、多分、除籍本を引き取った人がさらに古本屋に売って、それがめぐりめぐってうちに来たのかも」
「いや、でもこれ、除籍印がないです」
「そのようだね。ふつうは蔵書印を二本線で消したりするけど、その類のものは何もない。でも、ややこしいことに、そういうのが紛れてることもなくはないんだよね。人間のやることだからさ」
夜耳堂さんは自分の店の商品のことなのに他人事のようだ。
夜耳堂さん本人がこの本を盗んで棚に並べておいた、という訳でもないだろう。何のためにそんなことを? 私たちを驚かせて何になるのか? そんなもの買う訳ないし。そもそも今、私は現金を持っていないことを思い出した。
「……もしかして、それが探していた本かな?」
「そんなことは……」
……ないはずだけど。
私は不思議とその本に引きつけられていた。
「じゃ、もっと探ってみよう」
え? と戸惑う私たちをよそに、夜耳堂さんは本棚の前に立つと、おもむろに手を伸ばして本をずらし始めた。
『アクロイド殺し』の挟まっていたところに、『芥川龍之介短編集』の側の本たちをスライドさせる。そうやってできたスペースに、他の段から持ってきた江戸川乱歩の『続・幻影城』をはめ込む。そしてさらに本の列をずらして行く……。
灯りがちらついた。
はっと我に返って、周囲を見回すと奇妙なことが起こっていた。
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