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「立体交差が……!」
「どうなってんの……?」
私も咲乃もそれを見上げていた。
立体交差が動いている。それは天体現象をものすごい近くで見せられているようだった。足元に伝わってくる地響きが寒気を感じさせるようで、私は反射的に身をすくめた。
「……まあ、今回はこれぐらいで良いかな」
夜耳堂さんが本棚をかき回す手を止めると、立体交差の動きも少し遅れて停止した。
後には静寂が残った。
「なん……なんなのこれ」
「おかしいよ。だって、車が一台もない」
咲乃に言われて私も気がついた。
「そうだね……。いつの間に消えたんだろう……? いやむしろ、立体交差の方が消えてるんじゃないかな」
「はあ?」
「元の世界から見ると、って話。私たちを含んだこの周辺の立体交差が、元の世界では消えたんじゃないかって」
「何言って……」
咲乃は私の言っていることの意味を考えているようだった。
「……じゃあ、ここはどこなの?」
「それは知らんけども」と言って夜耳堂さんの方を見た。
「こういうイメージなんだね。君の方から出てきたのかな」
夜耳堂さんはそう言うと咲乃の方を見た。
「初めてだからサービスしておこうか。そっちの君、もう一冊選んで良いよ」
私は言われて驚いた。
「直感で」
そう言われても何がなんなのか……。
それでも本棚に目をやると、私の意識は一冊の本に吸い寄せられていった。
宮沢賢治の『注文の多い料理店』だ。
「これ……」
「よしよし。じゃあ、それで行ってらっしゃい」
「え?」
「お代はツケとくから」
「いや、勝手に選ばせておいて……!」
文句を言おうとしたところで、夜耳堂さんが遠くなった。
地面が動いている。
私と咲乃は肩を寄せ合ってお互いを支えた。
咲乃は『アクロイド殺し』を手に持っていた。
そして私の手には『注文の多い料理店』がある。
こんな古本でどうしろと?
夜耳堂さんの姿はもう見えなくなった。
周囲は立体交差であることには違いないんだけど、水平方向だけでなく様々な角度で道路が交差していた。天に向かって伸びる道路はどこまで続いているのか分からない。地面から生えてその反対方向は夜空に吸い込まれてしまっているようだ。
「ねえ、ここ……! 階段がある」
咲乃が見つけた階段は下に伸びていた。それは歩道橋の階段とはまた違うもののようで、とても狭くて一人ずつしか通れなさそうだった。
一応、私たちは歩道橋に上がってきていたので、そこから下に降りれば本当の地面があるはず……。でも今の状況になっては、下に何があるのかわかるものではなかった。その狭い階段は私たちの数メートル先から突然始まっていて、下の方は暗くてよく見えない。
それでも……。
「降りるしかないよね……」
「マジで?」
「ええ……。そういう流れだったのでは……」
「下手に動かない方が良いかも。ここが何なのかよくわからないんだし。……ダメだ。スマホも圏外になってるし」
私のスマホも圏外になっていた。
それよりも時刻表示が「11:11」になっていて、明らかにおかしい。午前の訳ないし、午後だとしてもそんな時間にはまだなっていないはずだ。そう言えばここは元々、電波状況の悪いところだったけど、そういう次元の話ではないっぽい。
「……咲乃から出てきたって、言ってたよね」
「何が?」
「イメージ、って」
夜耳堂さんが。
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