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改めて周囲を見回しても誰の人影もない。風さえ吹いていないんじゃないか。
「知らないよ……そんなの」
咲乃がつぶやく。まあ、そうだろう。でも他にヒントがない。
「……立体交差に興味があるのは咲乃だし、それが何かのトリガーになってるんじゃないかな」
「トリガーって……」
「それに、最初にあの本棚から本を選んだのも咲乃だし。いや別に責めてる訳じゃないよ。状況を整理してるだけだからね。その……なんでその本を選んだの?」
咲乃は『アクロイド殺し』を見た。
「……なんでって……。見たことがあるような気がしたんだ。これ最新版じゃなくて古い版のやつだし、この背表紙の傷み具合とか、なんか見覚えがある気がして」
「作品じゃなくて、その本自体をってことなんだ」
「そう、だね……」
「前に読んだことあるとか?」
「まあ、有名な作品だし……」
アガサ・クリスティーは私でも名前を知っているぐらいだし、図書委員ならそりゃそうか。
「……うーん……あれ? これ読んだはずなんだけど……何も覚えてない……。なんかすごい有名なトリックがあるやつだったと思うんだけど……」
「じつはアクロイドが犯人だった?」
「ええ、そんなんだったっけ……」
「いや適当に言ったんだけどさ」
「……クリスティーの作品の中でも、『そして誰もいなくなった』、『オリエント急行の殺人』、『ABC殺人事件』、それからこの『アクロイド殺し』の四作はまず読んどけみたいな風潮があるじゃん」
「いや、私あんまり海外ミステリィ読まないからな……。でも、咲乃だったら読んでそうだよね」
「単にど忘れしてるって感じじゃなくて、すっぽり記憶が抜けてるみたい……。令歌はそもそも読んでないの?」
「うん……」
そのはず……。
いや、本当にそうなのか?
答えようのない問いだ……。
「あ……!」
そこで私は閃いた。
「図書室で本を借りたのが私と咲乃が話をするきっかけになった説があるじゃん? これなんじゃないかな、その時私が借りたのって」
「……いや、前から言ってるけど、その記憶は私にはないし、そもそも令歌だって何を借りたのか覚えてないじゃん」
「二人とも忘れてるっていうのがポイントなんだよ」
「つまり……、私はこの本の内容と令歌にこれを貸し出した時の記憶を忘れてて、令歌は本を借りたことは覚えてるけどそれが何の本だったかは忘れてるってこと?」
「……多分ね。あ、私も内容を忘れたことになるかな。一応、読書感想文を書いて提出した記憶があるから」
「いや、ダメだわ」
「どうして?」
「だって、私は貸出履歴を調べたんだもん。記憶だけじゃなくて、記録もないんだよ」
「あ……」
そう言えばそんなことをさっき言ってたんだっけ。
二人ともしばらく黙ってそのことについて考えてみたけど、結局その先に進まなかった。
目先を変えることにして、私は『注文の多い料理店』を見た。
「私が選んだ……選ばされたこれは……前に読んだ覚えがある。でも、この本じゃなくて、私が読んだのは挿絵とかついてて、もっと字が大きいやつだったと思うんだけど。小学生向けとかそんな感じの……」
「『アクロイド殺し』と同じトリックが使われてるとか?」
「いや、それはないでしょ。宮沢賢治はトリック使わないだろ」
なぜこの本を選んだのか考え出してみると、色々記憶がよみがえってきた。
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