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「何か怖くなって逃げちゃったんだよね」
咲乃の言うとおり、私たちは逃げるようにトイレから飛び出した。
咲乃とはその時はそれっきりだった。特に会話らしい会話もなかった。
それから同じ中学に進学して、図書室へ行ったらまた咲乃は図書委員をやっていたので何となく声をかけたのだ。「またやってんだね」って。
「なんだそのありそうな話は……。ていうか、令歌はそう記憶してるってことなんだ」
私は力が抜けそうになる。
「ええ……。じゃ、じゃあ、咲乃は私といつから話すようになったと記憶してるのさ?」
「いつからって…………。そんな明確なものはないよ」
「は?」
「極端なことを言えば、小学校で初めて同じクラスになった時にだって、なにがしか話はしてるはずだし」
「いや、そうじゃなくてさ、その……今みたいに仲良くなったのは、っていう意味で」
今更こんなことを言うのはなんか恥ずかしいんだけど。
「……それはやっぱり散歩部を立ち上げた時なんじゃないの? それも私の中では、この瞬間から仲良くなった、っていう感じじゃなくて、強いて言えばだけど」
それもありそうな話ではある。
ということは、整理するとどうなる。
「……………………どっちの方が正しいとかいう訳じゃないけど、私の記憶に関して言えば、図書室の貸出履歴という客観的な記録が残っていそうなのにそれが残っていないから、二人の意見が食い違っているってことか」
前から思っていることだけど、私は別にこの記憶にこだわるつもりはないんだけど、どこから紛れ込んできたのかと考え出すと気にはなる。
「そうか……!」
「咲乃なんか分かったの?」
「私じゃなかったんだよ」
「え……?」
「つまり、私ではない誰かが貸出の手続きをした。でも、その誰かは貸出履歴を残さなかったんだ。パソコンに入力するフリだけしてれば、借りる側からは分からないんだから難しいことじゃない」
………………なるほど。
「記録の方のトリックに関しては、それが現実的な解釈だと思う。でも、それはそれで新たな問題が」
「それは誰だよ、ってことだね」
「例えば、咲乃によく似た人がいて、私が勘違いしてるとか?」
「可能性としては考えられるけど、私の知ってる図書委員でそんな人は思いつかないな……。かと言って、生徒全員に範囲を拡大すると、それはそれで分からないし」
「図書室の貸出係のなりすましなんて、タイミングさえ良ければ誰でもできそうだもんね」
極端なことを言えば、生徒でさえないのかも知れない。
若い先生や、教育実習生が紛れ込んでいることさえ考えられるんだから。
ふつうだったらそんなことを忘れたりしなさそうなもんだけど、私たちのその日の記憶の欠け具合からすると、どうもその人物ごとごっそり忘れているみたいだ。
だから、逆に言えば誰かいたのだ。
誰だ?
「だんだん思い出してきた?」
そこまで考えを進めた時、突然、声がして私たちは驚いた。
「夜耳堂さん……?」
「なんでそこから……」
夜耳堂さんは苦笑しながら階段を上ってきていた。
「怖がらなくて良いんだよ。私は君たちにお礼をしに来たんだから」
「お礼?」咲乃が怪訝な顔をする。
「目覚めさせてくれた、ってところかな。人間の言葉で表現すると」
「あなたは何なんですか? どうして私たちをこんなところに連れてきたんですか?」私は尋ねた。
「私は……そうだな、人間の想像力が創りし物だよ」
???
意味が分かんないんだけど?
咲乃も「は?」っていう顔をしている。
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