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「お前らまた二人で遊ぶのかよ」 「最近多いよな〜もしかしてデキてる?」  藍と二人で遊ぶことが増えてから、友人たちから茶化されることが増えた。もちろん本人たちも悪ふざけの冗談で言っているだけなのだろう、蒼太だって「そんなんじゃねぇよ、悪ノリやめろ」と笑って受け流している。 「いやいや、そんなこと言って二人きりの時にやる事やってんじゃねぇのか?」  友人はニヤニヤとした表情で「どうなんだよ藍」と藍の肩を抱き寄せるように手を置く。その途端、藍は友人の手を振り払い瞳をスっと鋭く尖らせた。 「お前らマジでいい加減にしろよ、そういうの気持ち悪いから冗談でもやめろ」  藍はガチのトーンで冷たく言い放つと「俺トイレ」と教室を出ていった。 「おー、こわっ」 「あいつこういう冗談だけは通じねぇよな」  友人達は藍の出て行った後を見つめながら苦笑している。 「あんまり藍をからかわないでよ、藍ってこういう茶化し極端に嫌がるんだから」 「たまにはいいだろ?」 「そうそう、いつも俺らの方がからかわれてんだから」  蒼太が注意しても友人達は全く反省している様子ではなかった。蒼太はやれやれと思いながら、先程の藍は完全に素が出ていたな、と藍の不機嫌そうな顔を思い出す。  藍は男同士でベタつくようなことを極端に嫌った。例えば男子高校生にありがちなノリで相手の膝の上に乗ったり、相手の肩を抱いたりといった行為は必ず嫌がるのだった。男同士なのだから下心など何も無いただの悪ふざけなのだろうが、普段のノリのいい藍とは違いこういった類の悪ふざけには絶対参加しようとしなかった。  蒼太自身もボディタッチが多く他人よりもかなり距離感が近い方で、何度も藍に嫌がられたのだからこのことに関しては身を持って知っている。だからここ最近はなるべく藍との距離を保とうと意識しているほどだった。  今みたいな男同士でどうのこうのという話題の時だけ、藍は素で嫌がっているのだろうと蒼太は勝手に認識していた。藍は嫌なことは嫌だと断固として譲らない強い意志がある。やはり藍にはしっかりとした感情があり、蒼太には藍の事を感情が全くないつまらない奴だという認識は到底持つことが出来なかった。むしろそんな藍だからこそ好感を持てる、そんな考えが蒼太の胸の内側にあった。  いつからだろうか、藍に対する感情が徐々に変化しつつあるのは。藍の隣にいると鼓動が早くなってしまう、顔が熱くなるような感覚を覚えてしまう。  最初は藍のとびきり甘い匂いに自分の脳が錯覚を起こしてしまっているのだろうと蒼太は解釈していだが、最近の蒼太は藍の仕草、声、匂い、鼓動、全てに対して愛おしく感じてしまうのだった。藍に触れたい、そう思ってしまった時には既に遅く、蒼太は藍に対して特別な感情を抱いていた。  蒼太はこの感情の名前を知っていた、けれどこの感情を認めてしまったら後戻りは出来ない、最悪藍に嫌われることになる。藍に嫌われたくない、蒼太はその一心で自分の感情に気付かないふりをした。  しかし蒼太は自分の欲求を押さえられなかった。それはとある放課後、いつものメンバーで教室でたむろしている時のことだった。 「王様ゲームやろうぜ!!」  友人の一人が興奮気味に人数分の割り箸を取り出した。一本だけに赤い印が付いており「これ引いたやつが王様な!」と友人は割り箸の先端の部分を持ち、印が見えないようにした。 「えー、俺やだよやりたくねぇー」  まず第一声に藍が否定的な言葉を口にした。笑いも含まれていたその言い方は一見そこまで嫌そうには見えないが、藍が嫌だと否定する時は本気でやりたくない時だけだった。そのため蒼太には藍が全く乗り気では無いということが感じ取れた。 「なんだよ藍ー、付き合えってー」 「うわっベタベタすんなよっきも」  友人が藍の肩に腕を回すと、案の定藍は嫌そうな顔をしながら抜け出し蒼太の隣へ避難した。  結局藍の抵抗も虚しく王様ゲームは開催されたのだが、男同士でやってもただの悪ふざけだった。一番が二番にプロレス技をかける、三番が本気で歌う、などといったノリの命令が続いた。そして藍が王様を引く確率がかなり多く、藍の命令はまさに鬼のようだった。  一番がお茶を買ってくる、これはまだ可愛すぎるほどで、王様が笑うまで一発ギャグ、体を張った小ボケをしろ、などといった鬼畜な内容が続いた。命令している藍の容赦のない姿は、王様よりも女王様と呼んだ方が正しいのではないだろうかと蒼太は思った。 「よし!俺が王様ー!!えっとーじゃあ三番が四番の足を舐めろ、もちろん四番は生脚になれよ」 「うわっお前それ誰得だよ!」 「三番と四番誰だ?かわいそすぎる」  蒼太は自分が引いた割り箸の先端を見て「うわぁ…俺三番だぁ…」と苦痛の声を上げ机に突っ伏した。本当に運がない、何故好き好んで野郎の足を舐めなければならないのだと最悪な気分になる。  しかし蒼太が名乗り出てもなかなかもう一人が出てこなかった。すると「あっ!こいつ四番だぞ!」と一人の友人が藍の腕を掴みあげた。 「馬鹿お前…っ!」  藍の手に持っている割り箸には確かにマジックで四と書かれていた。相手が藍だということを知り、蒼太の心臓はドクンと大きな音を立てる。 「俺絶対やらないからなっ!」 「何言ってんだよ藍!王様の命令は絶対だろ?!」  すると藍よりも大柄で背も高い友人の一人が藍の後ろにまわり「お前散々俺らにひでぇ命令したんだからちょっとは同じ苦痛を味わえっ」と藍が抵抗できないように羽交い締めにした。 「くそっ…離せよっ」 「ちょっとやり過ぎなんじゃない?藍も嫌がってるんだし辞めようよ?」  蒼太の藍を庇うような態度に「お前はまた藍を庇うのかよ」と友人に呆れられる。そんなこと言われても、藍がここまで否定的な反応なのだから本当に実行してしまった暁には確実に嫌われる、蒼太としてもそれは避けたかった。  すると、抵抗しても無駄だと分かった藍が一際低い声で「おい蒼太」と蒼太の名前を呼んだ。 「お前、分かってるよな」  藍の鋭い瞳がナイフのように蒼太を刺すようだった。そんな藍の視線に、ゾクリと蒼太は身体を震わす。 「おい蒼太、あの藍を一泡吹かせるチャンスなんだぞ?いつも言いなりになってるお前だってたまには藍に抗いたいだろ?」  友人は蒼太の肩に腕を回し、耳元でそう囁いた。まるで悪魔の囁きのようなその言葉に、蒼太の身体は無意識に藍に近づいていく。周りの友人達も皆面白がっているようで蒼太を止めようとするものは誰一人としていなかった。 「っ…おい変態野郎、ほんとに辞めろよ…?俺の言うことが聞けないか?」  藍は少し焦っているような様子で蒼太の顔を見た。それでも蒼太の身体は止まることなく、藍の前で膝をついた蒼太は藍の右足を掴み靴を脱がせた。 「おいっ!マジでやめろって!!くそっ…」  藍の左足が容赦なく蒼太の背中を蹴る。それでも蒼太は止めることが出来なかった。  藍の真っ赤な靴下に手をかける、靴下をゆっくりと脱がしていくと、藍の比較的色白な肌が露わになった。それにより蒼太の鼓動は一気にバクンッと跳ね上がった。藍の肌に直で触れているという事実、そして藍の匂いが蒼太を誘惑するかのように刺激する。蒼太には己の欲求に逆らう事は不可能であった。  ついに蒼太は自身の舌を動かし藍の足を舐めた。その瞬間、蒼太は藍に思い切り顔面を蹴られた。 「ははっ蒼太大丈夫かよ」 「藍蹴るのはひでぇよ」  友人たちは蒼太が藍の足を舐めたことに大いに盛り上がりを見せた。友人達にとっては男同士で足を舐めるなどただの悪ふざけにしか過ぎないのだろう。けれど蒼太は悪ふざけなどで片付けられなかった。  蒼太は藍に蹴られた顔を押さえながら、未だにバクバクとうるさいほど鳴り響いている鼓動の中にいた。藍の肌が舌に触れた瞬間、蒼太の舌に甘い刺激が走った。甘い甘い風味が蒼太の口全体に広がり、蒼太の欲求を促進させるようだった。  蒼太は自分の下半身がズボンを押し上げていることに気がつく。最早言い逃れなど出来ない、蒼太は藍の足を舐めたことにより、自身を勃起させるほど興奮していたのだった。  蒼太が顔を上げると、藍の蔑むような瞳と目が合う。 「マジでキモい」  ドクンドクンとうるさ過ぎる鼓動の中、藍の声だけがはっきりと蒼太の耳に届く。ゾクゾクとした快感が身体を包み込む、藍のその冷めきった瞳に蒼太の脳は溶かされるようだった。  それから蒼太は何事もなかったかのようにトイレへと駆け込んだ。そしてあろう事か学校のトイレで固くなった自身を宥めるといった行為に及んだのだった。  一人冷静になった蒼太は便器に座り、下半身を出した状態で頭を抱える。藍で抜いてしまった、この事実は友人である藍を裏切った事と同じようなものだった。  蒼太は藍の事が好きだった。ただの友人に抱く感情とは大きく違い、恋愛感情として藍のことを好きになってしまったのだった。今まで同性を好きになったこともなければ、当時の蒼太には彼女もいた。それなのに藍に対して性的興奮を覚えた蒼太は自分の感情を自覚せざるを得なかった。  藍の魅力的で目が離せない容姿も、出会った頃から蒼太を虜にした甘い匂いも、そして蒼太にだけ見せる素の姿も全てが愛おしかった。気がついた時には既に、蒼太は藍の事がどうしようもなく好きになってしまっていたのだった。  しかし、あの一件から藍の蒼太への態度が変わった。蒼太と二人きりになることを避けるようになり、放課後二人で遊ぶといったこともなくなった。元々男同士での過度な絡みに嫌悪感を抱いていた藍は、あの時の蒼太の行動に明らかな軽蔑の色を見せていた。蒼太は藍に嫌われたのだろうと感じ取った。  そして蒼太自身もあれから藍への罪悪感で藍の傍に居ることが億劫になってしまった。藍の事をそういう目で見ていると本人にバレでもしたら、藍を傷つけることになるかもしれない。それだけは避けたかった。  そんな二人の関係は徐々に浅くなっていき、気づいた時には高校を卒業していた。別々の大学へ入った二人は疎遠になり、いつしか藍は蒼太の手の届かないところにいた。それでもこの数年間、蒼太は藍を忘れられずにいる。大人になった今でも藍のことが好きだという気持ちに変わりはなかった。
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