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「お前マジで藍のカメラマンやったのか!?すごいな?!!」
ゆったりと落ち着いた空間に、かつての友人である男の声量のある声が耳を刺激する。あまりの大きさに「お前声でけーよ」と蒼太は苦笑した。「ごめんごめん、それよりさ」と一度は謝ったものの、すぐに話を再開させたこの男を見るに、全く反省してないなと蒼太は思った。
目の男、大晴はジョッキに泡が溢れんばかりに注がれたビールを一気に喉へ流し込む。大晴の飲みっぷりに感心した蒼太もジョッキを片手にビールを飲んだ。
大晴から連絡があったのは今日の昼の事だった。仕事帰りに二人で飲まないか、というLINEが大晴からきており、同級会の連絡以来個人的に大晴からLINEが来ることが数年ぶりだったため、蒼太は驚いた。ただ二人で飲みたいだけのために誘った訳ではないのだろう、一体何の用なのか、蒼太は少しの間返信を返さずに悩んでいた。
考えた末に、蒼太は肯定の返事を大晴へと送った。久しぶりにサシで大晴と飲みたいという気持ちももちろんあったのだが、一番は藍について聞きたい事があったからだ。
数日前に行われた藍の撮影はまだ記憶に新しい、いやそれどころか昨日のように鮮明に思い出すことが出来る。好意を寄せている相手を写真に収めることが出来る、例え仕事だとしても蒼太にとっては夢のような時間だった。また藍と関わり合いが持てるきっかけとなったのだから。
そして蒼太があの撮影の場に参加出来たのは、もしかしたら大晴のおかげなのかもしれなかった。蒼太が学生時代に撮った藍の写真を黒井に渡した人物こそが大晴、黒井の言っていたことが正しいのなら、どうやら大晴は未だに藍と面識があるようだ。
「撮影は上手くいったみたいだけど、実際お前的にはどうだったんだ?」
「まぁそうだね、黒井さんには褒められたよ」
どうやら大晴は撮影の事が気になっていたらしい。飲み始めて早々この話題を降ってきたところから、今日蒼太を飲みに誘ったのだって撮影の事が気になったからだろう。お互い藍のことを知るために今日この場に来たようだった。
「というか一つ聞いていいか?お前ってまだ藍と面識あるの?」
蒼太は一番気になっていた事を質問した。
「ん?まぁな。藍とは卒業してからちょくちょく連絡取ってるしたまに飯も行ってる。最近は減ったけどな」
「そうなんだ…」と蒼太は大晴を睨みたい気持ちをぐっと押さえた。卒業してからも藍と連絡を取っていたなんて羨ましすぎる、蒼太は恨めしい気持ちを抱えながらも質問を続けた。
「黒井さんとも面識あったの?」
「ああ、あの人酒好きだから気があってさ。最近は藍よりも会ってるな」
豪快に笑った大晴は、まだ飲み始めて数分しか経っていないというのに既にジョッキを空にしてしまった。こんなに酒飲みだったとは知らなかった蒼太は「大晴って酒豪だったんだな…」と呟く。
「あ、あとさ、お前まだあの時の藍の写真持ってたんだ?」
「ああ、あんな藍の写真貴重だからな。でもまさか俺の一言で本当に蒼太をカメラマンに抜擢するとは思わなかったからめちゃくちゃ驚いたわ」
「それはこっちのセリフだわ。なんで黒井さんに俺を紹介したの?話聞いた時本当にびっくりしたんだから」
蒼太はビールをちょびちょびと飲みながら質問を重ねた。流石にこの前の同級会での失態はまだ記憶に新しいため、がぶがぶと酒を飲むことにまだ抵抗があった。
「なんでって、黒井さんめちゃくちゃ困ってたからな。藍の写真映りが壊滅的だってさ。だから蒼太なら適任だと俺は思ったんだよ、お前ら仲良かったし」
仲が良かったという大晴の言葉に、蒼太は眉を寄せる。正確には仲が良かった時もあった、だ。蒼太が藍の足を舐めた一件から二人の仲は気まずくなり、大きな距離が出来てしまった。大晴もあの場に居たのだから当然二人の関係には気づいていたはずだ。なのに仲がいいという認識を未だに持っている大晴の考えが、蒼太には理解出来なかった。
「お前は俺と藍の仲が未だに良いと思ってるの?」
「どういう意味だ?」
「お前だって知ってるでしょ?俺と藍が気まずくなったの」
大晴は「あー…」と目を泳がす。
「そうだな、知ってるよ。藍の奴はお前に足を舐められたことが相当嫌だったらしいな」
「だったら尚更俺を紹介するのはおかしくない?藍は嫌がるに決まってる」
ニヤリと口角を上げた大晴は「だってお前が喜ぶと思ったから」と蒼太のことを指さした。予想もしていなかった大晴の返答に蒼太は暫く言葉が出てこなかった。
「当時のお前は藍藍って口を開けば藍の話をするわ、藍の命令ならなんでも従うわで俺らの中で藍のオタクだって弄られてたんだぞ」
「そうだったの…?」
数年越しに聞かされた真実に、蒼太の肌は次第に赤みを帯びていった。お前は藍に従順すぎる、とはよく言われていたものの、藍のオタクとまで囁かれていたなんて知らなかった。自分の藍に対する好意が周りにバレバレだったことに、今更ながらに蒼太は恥ずかしく思った。
「藍に蒼太のこと聞いても蒼太って誰だ?ってひでぇこと言い出す始末だし、蒼太はいい奴なのにここまで藍に嫌われてると可哀想になってきてな。それに同級会でもお前ら一言も喋ってなかったろ?だから俺がお前らを仲直りさせるチャンスを作ったんだ」
「まぁ黒井さんがめちゃくちゃ困ってたからってのが一番の理由だけどな」と大口を開けて笑った大晴の両手を、蒼太はギュッと握った。
「ありがとう…っ!お前はなんて良い奴なんだ…っ」
「わっ…?!なんだよ急に?!」
「大晴がここまで考えてくれてるなんて俺嬉しいよっ」
大晴が手を引っ込めようとしても、蒼太は手を離そうとせずぎゅうぎゅうと力強く握った。「手!痛ぇから!」という大晴の叫びでようやく蒼太は手を離す。
「ここまで感謝されるとはな…その様子を見るに、藍とはかなり上手くいったみたいだけど仲直りは出来たのか?」
「そもそも俺ら喧嘩してないから仲直りもないけどね。だけどちょっと話せたし、それに今後も仕事上で会えるかもしれないし」
「そうか、お前は本当に藍の事が好きだな」
頬杖をつき、呆れた瞳で蒼太を見つめる大晴に「うん、相当好きみたい」と蒼太は照れながらも微笑んだ。
「あっ!そういや撮影で撮った写真ってないの?」
大晴は思い出したようにそう言った。
「残念ながら無いんだよね、俺も欲しいってお願いしたんだけど、まだ世に出てないものだから駄目みたい」
「そうかー、この時の写真よりもよく撮れてるのか?」
スマホを取り出した大晴は、画面を蒼太に向け高校時代に蒼太が撮ったあの藍の写真を見せた。
「ううん、俺的には今回の撮影は六十点って感じ。この写真みたいに笑顔の藍を撮ることは出来なかったから」
「そうなのか」
大晴は改めてスマホの画面を凝視し「本当にこれよく撮れてるよなー」と呟いている。蒼太も大晴の言う通りだと何度も頷いてしまいたくなる衝動に駆られた。あの写真は蒼太にとって特別なものだったのだ。
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