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「お前そのカメラどうしたの?」
まだ藍との関係が気まずくなかった頃、放課後蒼太が一人で一眼レフをいじっていると、扉にひょこっと顔を覗かせた藍に話しかけられた。
「へへっ、いいでしょこれ」
教室へと入ってきた藍に、蒼太はカメラを見せびらかすように持ち上げた。
「使わなくなったからって親父がくれたんだ」
「へぇー、お前ってカメラ好きなの?」
「まぁね」
興味深そうにカメラを眺める藍の姿に多少の驚きを感じた蒼太は「興味あるの?」と首を傾げた。
「別に、カメラなんてスマホと変わらないだろ」
「何を言い出すんだね君!?」
サラッと酷いことを言いきった藍に、蒼太は勢いよく立ち上がり抗議する。藍はうざったそうに目を細め「なんだよ、うるさいな」といつものように机の上へと腰掛けた。
「スマホのカメラと同じにされちゃ困るよ、全然違うんだから」
「俺には違いなんて分かんねぇよ」
一瞬でカメラに興味を無くしてしまった藍は、すぐに蒼太から視線を外すと窓の方を向いてしまった。本当に天邪鬼で気分屋の藍、まるで猫のようなこの男に呆れつつも蒼太はそんな藍が好きだった。
藍の姿を見つめている蒼太の心に、ある衝動がうずうずと動き始める。藍の姿をこの一眼レフで収めたらとてもいい写真になるのではないか。藍を撮りたいという願望を抱いた蒼太は、抗うことの出来ない欲望に従いカメラを構え「藍」と名前を呼んだ。
「ん?」
カシャッ
藍がこちらを向いた瞬間、蒼太はシャッターを切った。蒼太が写真を確認すると、夕日をバックに少し口角を上げ優しく微笑んでいるような藍の姿があった。蒼太の胸はきゅん、と跳ね上がる。
「おま…っ何勝手に撮ってんだよ!!」
藍は驚いたように目を丸くすると「消せ変態!!」と机から降り蒼太に詰め寄った。
「ごめんってっ!痛いっ痛いよ藍っ!」
ガシガシと蒼太の脛あたりを容赦なく蹴ってくる藍に悲痛の叫びをあげた蒼太だが、藍は辞めることなく執拗に蹴ってくる。
「藍も見てよこれ!すげぇよく撮れてるから!!」
藍に写真を見せると、藍の動きがピタリと止まった。そして「なんで俺笑ってんの…?」と不思議そうな顔で写真を見つめている。
「それは分かんないけど…でもいい写真でしょ?」
「……やっぱ消せ」
「えー!?なんで!!めちゃくちゃよく取れてるのに!!」
消すなんてとんでもないという蒼太の意見を無視し「いいから消せよ!!」と藍は怒鳴りつける。「分かった消すから」と蒼太は藍を宥めたが、藍の赤く色付いた耳に気が付き思わずゴクリと喉がなった。
──照れてる…?
「もういい、俺帰る」
「え?!あっちょっと待ってよ藍!!俺も一緒に帰るから!」
蒼太は慌ててカメラを仕舞い、鞄を肩に掛け藍の後を追った。藍は少しの間立ち止まると「早くしろ、置いてくぞ」とだけ言い再び歩き始めた。
家に帰った蒼太は改めて先程の写真を見つめた。写真に写っている藍は普段の馬鹿みたいに大笑いしているみんなが知っている藍でもなく、蒼太にしか見せない冷徹な感情が乏しい藍とも違っていた。優しく微笑みを見せている藍は蒼太があまり知ることのない藍だった。藍がこんなにも柔らかく笑うのだと蒼太は初めて知った。そして何より、この笑顔が自分に向けられたものだと思うと、蒼太は言葉にし得ない喜びで全身が震えた。蒼太だけに見せられた藍の笑顔、結局蒼太は写真を消さなかった、消せるはずがなかったのだ。
──俺だけが知ってる藍…。
それから蒼太にとってあの写真は絶対に消すことが出来ない、いわば藍に依存している限り手放せない呪縛のようになったのだった。
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