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 それから藍は、蒼太と二人きりの時のみ素を出すようになった。素の藍は基本無表情でくすりとも笑わない、本当に喜怒哀楽という感情が欠如していた。まるで中身だけ違う人間が成り変わっているのだと思い込んでしまうほど、普段の藍とは別人のようだった。  そんな藍の姿に最初こそ戸惑いを覚えたが、蒼太が藍を嫌いになることはなかった。普段の藍とのギャップが凄まじいせいでたまに頭が混乱することはあるが、蒼太は素の藍も嫌いではなかった。むしろ自分にだけ藍は素を見せているという事実に、蒼太は喜びさえ覚えた。  藍の感情が乏しいからといって、藍の傍を離れる理由にはならない。自分の存在が少しでも藍の心の支えになるのならいくらでも傍に居てやりたい、蒼太はそんな気持ちを抱いていた。  そして藍自身も恐らく素でいる方が楽なのだろう、今までより頻繁に蒼太を誘うようになった。いつの間にか放課後は藍の家でゲームをすることが蒼太の日課となっていった。 「藍はほんとゲーム好きだよね」  テレビに釘付けでコントローラーを握っている藍の姿を見て、蒼太は素直な感想を述べた。 「ゲームって夢中になれるからいいよな」 「それは楽しいっていう感情じゃないの?」  ふと疑問に思った蒼太は藍に向けて問いかける。ゲームをしている藍の姿は無表情でとても楽しそうには見えないが、感情が表に出ていないだけで藍自身は少しは楽しいと思っているのではないだろうかと蒼太は思った。 「そもそも楽しいって感情がよく分かんない、ゲームは先があるからただ進めてるってだけだし、それに楽しいって思ってるならお前らみたいに楽しそうにゲームする」  「そっか」と蒼太は内心肩を落とした。やはり藍には楽しいという感情が足りていないようだ。現に鼓動の音も変化はない。 「そういえば藍ってなんで急に俺を誘ったの?」 「今更だな」  ずっと疑問として抱えていた事を蒼太は問いかけた。確かに藍の言う通り今更すぎる疑問だったのかもしれない。  藍は画面に視線を向けたまま話し始めた。 「お前、俺と初めて話した時の事覚えてる?」 「え?うん、放課後教室に藍がいて…」 「そう、電気もつけずボーッとしてた」  それがどうしたのだろうと蒼太は首を傾げたまま、藍が言わんとしている事をまだ汲み取れずにいた。 「あの時の俺完全に素だったからさ、お前に見られてマズったと思った。だからお前と友達になってあの時の俺のイメージを払拭したかっんだよ。俺と関わることによって藍はこういう人間なんだって分からせたかった」 「…つまりどういうこと…?」  思ってもいなかった藍の返答は、蒼太には理解に苦しむ部分があった。 「だから、お前が藍は暗い人間だって言いふらすかもしれなかったからそれを阻止するために近づいたんだよ。一種の洗脳ってやつ?」  物騒なことを言い出した藍に「俺洗脳されてたの?!」と蒼太は驚きの声を上げた。 「そうすればお前が変なこと言いふらすこともねぇじゃん?電気もついてない教室でただボーッとしてたなんて俺のキャラじゃないから」  一つの取っ掛りを覚えた蒼太は「やっぱり素の自分をみんなに見せたくないんだ?」と藍に聞く。 「そりゃあな、こんなつまんない人間誰だって関わろうとは思わない、まぁお前は論外として」 「それは立派な感情なんじゃない?」  蒼太の言葉に藍の手がピタリと止まる。それと同時に画面に映っているのはキャラも静止してしまった。 「どういう事?」 「だって藍は素の自分を知られるのが嫌なんでしょ?本当にお前に感情が一ミリもないんだとしたら何を知られようが何も感じないと思うよ。だけどお前は知られるのが嫌だって思ってる、それはちゃんとした感情だと俺は思うけどなぁ」  これは以前から蒼太が思っていたことだった。蒼太が言うようにもし本当に感情が無いのだとしたら、自分が他人にどう思われようが特に気にもとめない事だろう、けれど藍は違った。藍はわざわざ自分を偽ってまで他人の目を気にしている、素の自分を知られることが嫌だから。これは立派な感情なのだと蒼太は感じていた。  藍は不満げに眉を寄せ「よく分かんない」と言いゲームを再開した。この不満げな表情だって、蒼太からしたら感情があるからこそ出来るのだと思う。この時から蒼太は藍が全く感情を持たない男だとは思えなかった。
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