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「いっちゃん! 元気してた? あのさあ、夏休みに、キャンプ行かない?」  久しぶりに聞く声は相変わらず元気いっぱいで、俺はスマホの音量を下げたのをよく覚えている。  蝉が最後の力を振り絞って一生懸命に鳴いている夏休みの後半。うんざりする暑さの中、待ち合わせした場所に紺色のRV車が目の前で止まった。  運転席の窓が開き、そこからヒョコと顔を出してきたのは、幼馴染の吉田馨(よしだかおる)。 「いっちゃん、お待たせ!久しぶり!」  痩せ気味の色白だった馨は、すっかり風貌が変わっていた。窓から出された筋肉質な腕に褐色の肌。顔つきも俺の知っているあどけない少年ではなく凛々しい青年になっていた。    高校一年のときに引っ越してしまった馨と会わなくなってまだ五年。こんなに変わるものなのか?  俺がポカンとしていると、馨は助手席のドアを運転席側から押して開く。  「早く乗りなよ」  その声だけは変わっていなくて、少し安堵した。  馨と俺、佐原一郎(さはらいちろう)は昔、家が隣同士だった。幼稚園から中学卒業まで仲良くしていて、馨が親の転勤の都合で引っ越す前まではいつも二人一緒。というか、同い年なのに馨が俺の後にいつもついてきていたのだ。  兄貴しかいなかった俺は『弟がいたらこんな感じか』と思って馨になにかと兄貴ヅラしていたように思う。  馨は先に述べたように華奢で色白、さらに平均身長より小さかったからクラスメイトからよくからかわれていた。小学生のクラスでは『泣き虫かおる』なんて言いながら追っかけまわされていたのをよく目にしていたっけ。そしてその度に俺が駆けつけてそいつを泣かし、仕返しをしていたんだ。 『いつもいっちゃんが仕返ししてくれるから、怖くない』  小学生の時、馨がそんなことを言い出したので、俺は反論した。 『いつも助けにこられないし、自分でも強くならなきゃ』 『いいもん。ずーっといっちゃんのそばにいるから助けてもらう』 『だめだよ、馨。もっと体鍛えて強くならないとオトナになれないよ』  そんなやりとりを、何度かしたっけ。  馨は手先が不器用で、工作が苦手。プラモデルはいつも俺が組み立ててやり、完成品を渡してやると笑顔でそれを馨が受け取っていた。  強くなれ、と言いながらも泣き虫で不器用な馨を守ってやらないと! と妙な使命感が湧いていた俺はそれからもずっと馨を守っていた。 ***  そんな不器用だった馨が、地面にペグを打ち、一人で黙々とテントを張っていく。手伝おうとしたのに、未経験の俺はかえって邪魔になっていた。しまいには『いっちゃんは座ってて』なんて言われる始末。  せめて飯の準備を、などと野菜を切っていたらうっかり包丁で指を切ってしまい、あの馨に『不器用だね』と苦笑いされてしまった。折り紙の鶴ができなくて泣いていたくせに!  しばらくして馨が配膳してくれたキャンプ飯に俺はさらに驚いた。 「こ、これ今作ったのか?」  エビのアヒージョ、アクアパッツァ、野菜のラクレットなどおしゃれなメニューがテーブルの上に乗っていたからだ。 「お前もしかして、キャンプ動画とか配信してる?」 「そんなのしてないよ。それにこのメニュー、手が込んでいるように見えるけど意外に簡単なんだ」  馨はそんなふうにサラッと言う。料理をしない俺からしてみるとプロにしか見えない出来栄え。しかもめちゃくちゃ美味しい。うまいうまい、とがっついて食べていたら馨は満足そうに笑っていた。  馨はすげぇな、なんもかんもできるんだ。アクアパッツァを突きながら俺はなんだかモヤモヤとしてきた。馨が色々やってくれて、楽しいはずなのに。  そのモヤモヤの原因は、寂しさだ。  いつも俺の後ろを追いかけてきた馨。俺がなんとかしてやらないとって思っていたのに、もうすっかり大人になって俺なんかいなくてもいいようだ。こうして何から何までやってくれたのだから。 「いやあまいった、まいった」  食後のコーヒーを片手に目の前の焚き火を見ながら呟くと、馨は首を傾げた。 「何がまいったの」 「馨がすっかり一人前になってたことだよ。なんでも出来るんだなあ、お前。……俺、なあんも出来なかったし」  サワサワ、と風が吹いて髪を揺らす。馨の大きな瞳はまだこちらを見ていた。 「たまたま友達とキャンプ行く機会が重なったから慣れてただけだよ」  友達、かあ。こんなに逞しくなって、明るくなった馨のことだからたくさんいるんだろうな。もしかして彼女だっているのかも。いや、いるだろ。こんな好青年を放って置くわけがない。 「彼女にも作ってあげてんの? こんなうまい料理」 「いないよ、彼女なんて」 「そんなわけないだろ。お前みたいな奴が……」 「いっちゃんは?」
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