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3.
「馨、もっとこっちに来い」
俺がそう言うと芋虫みたいに這いずりながら身体を密着させた。暗くても馨の顔がぼんやり見える程度に。ああほら、やっぱり涙でグチャグチャだ。よしよし、お前はやっぱり可愛いままの馨だ。俺は寝袋のファスナーを開けて馨の頭を撫でる。
「馨、お前は俺にとって一番なんだ。逞しくなったって馨は馨だ」
そんなことを言った後、自分ながらちょっと照れくさくなった。だけど目の前の馨は目をキラキラさせてこちらを見つめている。
「本当に、僕が一番?」
「お、おう」
「ありがとう。僕もいっちゃんが一番好き」
自分の頭をもっと撫でてと言わんばかりに、すり寄せてくる。
そういえば、馨はいつでも俺の言うことをきいていた。
『もっと体鍛えて強くなれ! 約束だぞ』
俺があの時言ったから、馨は苦手な運動も克服して頑張ったんだろう。なんて可愛いんだろうか。
俺は胸を熱くしながら感動していると、馨がポツリとつぶやいた。
「だけど、いっちゃん……」
「ん……?」
「ごめん。言わないでおこうと思ってたんだけど。もう我慢できなくて。……同性からなんて嫌だよね」
同性の幼馴染が好きで何故嫌なんだろうか。馨の言葉の意味が分からずしばらく考えて、ようやく気がついた。
何故彼女の話で無言になったのか。俺が強くなれと言っただけなのにそこまで頑張ったのか。1番好きだと言ったらあんなに目を輝かせたのか。
「馨、もしかして俺のこと……」
俺は思わず起き上がった。見たことのない表情の馨がそこにいた。憂い顔の馨はゆっくりと頷いた。
あまりにも急な展開に俺は唖然としてしまう。一体いつから馨は俺に恋愛感情を持っていたんだ? 全然気が付かなかった。
馨は俺が咄嗟に起き上がったのを拒絶と捉えたのだろう。しばらくして馨は体を起こし、項垂れていた。それを見て何か言わなきゃと慌てる。
「い、嫌というか驚き過ぎて……お前いつから」
「幼稚園の頃から」
「マジかよ……お前このまま言わずに墓場まで持ってこうとしたの」
「うん」
「俺が結婚式呼んだらどうするつもりだったの」
「行かないつもりだったし、行けるわけない」
「お、おお」
「だから彼女いたってきいて、当たり前なんだけど悔しくて。いっちゃんの隣は僕なのにって。誰よりも知ってるのにって」
ボロボロと涙を流し始める馨。ああもう、その涙はやめてくれよ、俺、馨の涙に弱いんだから!
そしてとうとう馨は子供のように声を上げて寝袋に顔を押し付けて大泣きを始めてしまう。
「このキャンプで、最後にしようって思ってた! でもやっぱり顔見たら、声聞いたら我慢できなくて。何年、片思いしていたんだと思ってるんだよ!」
半ギレ状態の馨に、呆気に取られてしまう。そして、その泣き顔に小学生の頃を思い出して、思わず笑ってしまった。
よく泣いていた馨。俺の袖を引っ張りながら後を歩いていた馨。
「わ、笑うなんてひどい!」
「ごめんごめん、あまりにも必死だから」
「必死になるよ、そりゃ! だって人生ほとんどいっちゃんに片思いしてたんだから」
そんなに熱烈に告白してくるなよ、と別の意味で引きたくなったけど、不思議と同性だから嫌という気持ちは湧かない。
もしかして俺は男が好きなんだろうか。いや、自分の友人を思い浮かべたけど寒気がする。なら、男が好きなんじゃなくて『馨だから』嫌じゃないんだ。
馨が離れていきそうなことに寂しさを覚えたのは、特別な感情を抱いているからなのか? いやでもまだ確信は持てない。ただ目の前の馨の涙は止めてやりたい。
「馨、落ち着いて。とりあえず泣き止んでくれよ」
「落ち着いてられないよ」
「んじゃそのまま聞け。いいか、俺は確かに恋愛対象は男じゃない。だから馨の告白は驚いた」
「……」
「でも、不思議と嫌じゃない。なんというか、受け入れそうな自分もいたりする」
馨は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口を尖らせる。
「嘘だ」
「どうやったら信じてくれるんだよ」
「信じられるわけない」
なんとか馨に気持ちをわかってもらいけど、馨はまだ泣き止まない。なんで告白された方が必死なんだよ! ええい、もうこうなったら!
俺は馨の腕を掴み、顔を近づける。馨の見開いた目を一瞬見て……そのまま、唇に自分の唇を押し付けた。柔らかい感触とカサついた唇の表面を感じ一気に顔が熱をもつ。
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