九、紅茶とxxx

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九、紅茶とxxx

 ――そうして、リドリーは番人として。  供物となるアリステアの傍に付き従った。  アリステアはあれがしたいこれがしたい、と始めのうちは自由奔放にふるまっていた。  最初のころは寄宿舎の庭やら噴水やらを探検しては緑眼を煌かせていた。  だが半月経つころから、何かとリドリーの寝室でのんびりすることを好んだ。  相変わらず図書館を忌避していたが、それ以外に気になるところはなかった。  今もそう。  リドリーのベッドの上で、無防備に丸くなって眠っている。  先ほどカフェテリアで早めの昼食をとり、温かいコーヒーでほっと一息ついてきたところだった。  リドリーの寝室にはベッドが2台ある。  リドリーの分と、いつの間にか外へ消えて行ったルームメイトの分。    ルームメイトのベッドは物置と化し、とてもアリステアを安眠させられそうもない。  リドリーは自分の寝床を貸し与えた。  アリステアは気持ちよさそうに身をよじり、ふにゃふにゃと寝息を立てている。  いたずらに前髪をいじくったら、「いひひ、」と間抜けた寝言を漏らしていた。 (もう、寄宿舎の興味は尽きたのかな)  アリステアは好奇心にあふれていた。  なんにでも興味を示すし、些細なことに大げさに驚いて見せる。  リドリーをどこか羨望の眼差しで見つめ、きらきらと緑眼を輝かせていた。 (俺もお役御免か)  それならそれで、のんびりできて良い。  と、リドリーは自分に言い聞かせる。  だが心はそう思っていなかった。  リドリーはベッドの端に腰を下ろす。  ぼんやりとアリステアの寝顔を見降ろした。  なんて子供じみた表情かおなんだろう。  指先で柔らかい頬を撫でる。  んん、とアリステアが身じろぎした。  それだけで別に嫌がる様子も見せなかった。 (信用しすぎじゃないか)  リドリーはなんだか背徳的な気持ちを覚えた。  こうも安らかな顔を見せてもらえるのは、それなりに信頼してもらているということなんだろう。  そううぬぼれたくなる。 (紅茶いれよう)  リドリーはかぶりを振り、キッチンに立つ。  数時間してようやくアリステアは目をさました。  あくびも伸びも猫を思わせる。  どこまでも自由なやつ、とリドリーは苦笑した。  安い茶葉の紅茶を、アリステアは嬉しそうに飲む。 「寄宿舎で回りたいとこ、もうないか?」 「ん? そうだねえ……ほんとはいっぱいあるけど、もういいや」 「遠慮してるのか? 供物なんだから、未練は残さないようにしておけ。わがまま言われても、俺は気にしないよ」 「ありがとー、リドリー。リドリーは良くても、僕はね。ちょっとね」 「何かわけでもあるのか」 「うん。その、さ」  アリステアは半分飲んだ紅茶のカップを膝の上に置く。  はにかんで答えた。 「君と一緒に寄宿舎をまわってると、何だかね、  1か月だけじゃ、足りなくなってきちゃうから」  リドリーは、あやうくカップを落としそうになった。 「だからね、これ以上やりたいことが増えないように、自制してる。  でないと、ちゃんと天に召される自信がなくなっちゃう。それは寄宿舎の供物として、あってはならないことでしょう」 「……そりゃそうだけど」 「だからね、君にも、もう迷惑かけないようにしておきたいんだ」  アリステアは紅茶を飲み干した。リドリーはカップを受け取って机に置く。 「アリステア?」  ふっ、と。  アリステアがリドリーに覆いかぶさってきた。  リドリーの肩に腕を回し、リドリーの耳元に何かを囁く。 「xxx」 「ぇ」  リドリーは、一瞬理解が追い付かなかった。  初めて聞く言葉だ。  何かの名詞ではない。  なんの言葉なのだろう。  とても心地よい言葉だ。 「アリス、」 「xxx。僕の、名前」  ひゅっ、とリドリーの息が、止まった。
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