第3話「ひとりぼっちの君野くん」」

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第3話「ひとりぼっちの君野くん」」

 午前中の火曜の朝  教室内はざわめきに包まれていた。1年2組の生徒たちは各々のグループに分かれ、いつもの休み時間を過ごしている。  その片隅で、君野は窓際の席にひとりぽつんと座り、静かに本を読んでいた。周囲の騒ぎに無関心な様子で、ページをめくる手つきはゆっくりとしている。 「桜谷さん、しばらく学校に来られないらしいよ。なんでも、この前の土日に海外にいって珍しい病気にかかったんだって。」  クラスメイトが、朝のトピックに桜谷が昨日の月曜から学校に来ていない理由の詳細を話していた。 「そっか…。じゃあ、“アレ”はどうすんの?」  別のクラスメイトが視線を君野に向けた。月曜から誰も近づく気配はない。 「桜谷さん以外、君野くんを介護したがる人なんていないし、…それに、男子たちの君野くんへの態度も前より厳しくなってるね。早く戻ってきてほしいね。」  その声を聞きながら、前の席に座る堀田(ほった)はため息をついた。  無関心を装いながらも、先週の金曜日に桜谷が君野を階段の踊り場で殴っている場面を目撃したことを思い出す。  愛する人までそんな事するなんて…と堀田はこのクラスが冷酷な連中しかいないことを思い知らされる。 「おい、君野!この前貸した金、返せよ!」  突然、教室の一角で声が上がった。いじめっ子が君野を威圧的に見下ろしている。 「え?僕、そんなお金を借りた覚えがないけど…。」 「はあ?そうやって健忘症を利用して金返さねえとか卑怯者だな!さっさと返せよ!」 「そんなつもりじゃ…ごめんなさい…。」  君野は消え入りそうな声で謝り、震える手で財布を取り出す。いじめっ子が風のように去ると、再び教室はざわつきを取り戻した。  堀田は無言で君野の様子を見守っている。  財布からお札を抜かれた君野は、なす術もなく空になった財布を拾い、居直るしかなかった。  いや、関係ない。  関係ないから。  堀田はそう心で唱えた。  堀田がつぶやいたその時、元気な声が教室中に響いた。  「ゆうじゅ~!寂しかった?」  派手な巻き毛の波田美咲(はたみさき)が、堀田に抱きついてきた。教室内の男子たちはその様子を羨望のまなざしで見つめていた。 「なんだよ。ゆうじゅって。」 「私の自慢のカレピッピなのに、その態度はないでしょ!あなたの名前が堀田友樹(ほったゆうき)だから!ゆうじゅ!もしかして、君野くんが気になるの?」  美咲は君野をちらりと見下した。 「なんでもねぇよ。俺があんな奴に関心を持つわけないだろ。」  堀田は美咲にそう無関心に答えたが、彼女は笑顔で答えた。 「そうよね、あんなボッチくんをイケメンで文武両道のゆうじゅが相手にするわけないもんね!」 「ああそうだな。」  堀田は彼女の言葉に仏頂面で答えた。 「ねえ!今日放課後クレープ食べに行こうよ!新しくできたところ!!」  美咲はぴょんぴょんと短いスカートを揺らし、女性らしい細くしなやかな手でさらに堀田に絡みつく。  キーンコーンカーンコーン… 「あ!もう時間!?もっとラブラブしたいのに〜!じゃあねゆうじゅ〜ー!」  美咲はそう言ってクラスを出て行くと、堀田は退屈そうな顔でため息を付く。  何故か、他クラスでよかったと思ってしまう。  心の穴を埋めようと勢いで付き合ったものの、その穴にさえはまらない。 「綺麗なのは顔だけだな…。」 「出席取るぞー。」  3時間目  理科実験室。  白衣の先生が出席名簿片手に3人目の生徒まで読んだ時だった。 「あれ、君野は…また迷子か?おい、委員長。君野をここに連れてきてくれ。」 「チッ、またかよ…。」  不機嫌そうに舌打ちをしながら、細長い真面目そうな委員長は教室を出て行った。  ガラガラガラ… 「ちょっと待っててくれな。」  理科の若いメガネの先生は黒板にもたれて腕を組み腕時計を見つめている。  桜谷がいなくなってから、こうした授業の遅延が昨日から多くなってしまっている。  待機している時のこの空気は、これが起こるたびにより鋭く冷たく、空気がよどんでいる。  ガラガラ…  しばらくして君野を連れて実験室に委員長が入ってきた。クラスメイト達が委員長の後ろの君野に向かって舌打ちする音が何回か聞こえた。 「じゃ、授業始まるぞー。」  残酷にも、誰も君野を守ってくれない。  放課後… 「ゆうじゅ〜!!!…あれ?ゆうじゅは?」  美咲が飛び出すように一年二組のクラスにやってきた。しかしその笑顔は目的の人物がいつもの場所にいないことですぐに消えた。 「帰ったよ。」  と、彼の体格の良い、色黒の親友が答える 「ええ!?なんで!?クレープは!?」  美咲は長い足をばたつかせながら上履きのまま校門へ。  しかし、そこにはもう堀田の姿はなく明らかに唇を尖らせた美咲は全身を振って猛抗議。 「そんな!!!ひどーーい!!」  と、周りの注目に目もくれず地団駄を踏んだ。  堀田は美咲から逃れるようにすでに一人登下校の道を1人で歩いていた。  ただ1人、まだ明るい夏の通学路を暗く、思慮深く歩く。 「弟の代わりなんて、いるわけないよな…。」  手に思いっきり力を込めて拳を握り、それが終わったら力なく開く。  5歳の弟はとても可愛かった。  寝ても覚めても、そんなことばかり考える。 「2次元になって、データになったんだ…。だから歳を取らないだけ…。」  でもきっと天国に行ったから、もう病気からは解放されたはずだ。  坊さんや母さんがそう言ってたから。きっと幸せだ…  そう思うのに、  夜1人でトイレに行けない寂しがりやが、手の温もりを感じれずに孤独を感じてはいないか…  堀田の頭はそう、ぐるぐると答えの出ない疑問ばかりが回っている。 「ん?」  堀田が前を向くと、眉をひそめた。  歩いている途中で、ふと目の前に君野と一方的に知っている大男が立っているのをみたからだ。  堀田の驚く瞳に映ったのはこのまちで有名な不審者だった。 「なんであんなヤバい奴といるんだよ!」  堀田は思わず壁の陰に隠れ、様子をうかがう。  男が君野に親しげに話しかける様子に不安がこみ上げてきた。 「俺が決めるおじさん…。」  この迷惑おじさんは、コンビニの食べ物な商品の「ふんわり」や「おいしい」や「ジューシー」という文言のパッケージを  みつけると 「俺が決める!!!」  とブスッとパッケージに人差し指で穴を開けてしまうのだ。  なんでも穴を綺麗に開けてしまうので、一部ではおじさんの指突きはシャコのパンチ力ほどあると噂されている。 「どうする…?」  堀田は考えた。  そして脳裏に浮かんだのはこのまま放置した場合のこと。  中学生男子●される!!!  という物騒なネットニュースが頭に浮かんだのだ。 「いや、流石に、ここで無視は俺の正義に反する…。」  堀田はそう言って2人に気づかれないように  にじりよる。  おじさんは君野の肩に手を回して歩いているために、手出しができない。  きっとタイミングがあるはずだ。  密室に入るまでになんとかしないと…!!  堀田がしばらく尾行していると  迷惑おじさんが君野から手を離し、なにやら道端に落ちていた黒の袋をガサガサとあさり始めた。  その瞬間君野とおじさんに距離ができた。  今だ!!! 「あ!?」  そう声をあげた君野の腕を引っ張り、堀田はただ全力で君野の手を引っ張り不審者から遠ざけるように走り出した。 「はあ…はあ…。」  駅前の賑やかな人ごみにたどり着いた堀田は、ようやく足を止め、膝に手をついて大きく息を吸った。  そして、息が整うと、隣の君野にキッと顔をしかめた。 「お前、何してんだよ!あんな人、どう見ても不審者だろ!」  しかし、君野は首をかしげ、無邪気な顔で答えた。 「でも、優しい人だよ?」 「はぁ?冗談だろ?とにかく、ここはまだ安全じゃないから、少し駅中に避難するぞ。」  堀田は慎重に君野の手を掴み  駅ナカに連れて行く。  駅ナカはまだ私服の人たちが多く、  後1時間後にはスーツだらけでごった返すはずだ。  エレベーターに乗りあてもなく  そこに乗り込んで一息つく2人。 「お前さ、桜谷と何かあったのか?先週、あいつに殴られてただろ?」  前にいる一段高い堀田が  後ろの君野に思い出したように伝えた。 「僕が?誰に?」 「桜谷だよ、お前の彼女だろ?」  君野はますます不思議そうな顔をした。 「僕に彼女がいたの?」 「…お前、本当に大丈夫か?」  堀田は呆れたようにため息をつきながら、エレベーターの先に広がるカラフルなアイス屋のカウンターに向かった。 「なあ、覚えてないか?入学式の後にここでクラスの男同士で集まってアイスで乾杯したんだぞ。」  君野は小さく首を横に振った。 「そっか…。お前健忘症ひどいなほんと。…まあ、いいさ。ほら、アイスでも食っていこうぜ。」  堀田はそう言ってアイス屋に入った。 「待って堀田くん!」  堀田が振り返る。  君野は財布を開いて中身を確認し、首を傾げた。 「なんかわかんないけどお金なくなってて…。」 「はあ?お前、今日いじめっ子たちにとられてただろ。ほんとにどうしようもないな…。」 「そーなんだ!だからないのか!」 「そんな他人事みたいな言い方よくできるな…。わかった。俺が奢ってやるよ。俺このアイス屋のクーポン貰ったんだった。」 「本当に!?ありがとう!」  と、無邪気な笑顔を見せた 「…おう。」  キュンッ  何故だか、心のなかでそんな音がした。  なんか、久しぶりに見たなこいつの笑顔…。  先ほどまでのお金がないという顔が嘘のような  屈託のない笑顔だ。 「そういやさ、思い出したんだけど確かここで男たちで食べてた時に誰が一番相性あうかってスマホの占いゲームしてたんだよなぁ。そうしたらさ、お前と俺が兄弟だったかもって結果出たんだぜ。俺が兄でお前が弟だってさ。」  堀田が君野の記憶がどうにか復活しないか?と言わんばかりに話題をふっかける。 「そーなの?覚えてないけど嬉しい!」  と君野は笑顔で答えた。 「キャラメルポップと、クランベリーメロンと、ピスタチオブラックください。」  堀田が慣れたように注文する。 「ほら、君野もトリプルにしろよ。」 「うん!!」  君野は頷き、一歩前に出ると店員と対峙した。 「バニラ三つください!」 「ば、バニラ三つですか?」  店員が一瞬戸惑った。 「ぶっ…あはははは!!!バニラ三つ!?お前こんなカラフルなもん沢山あってまじか!」  コーンに色とりどりのカラフルなアイスを乗っける堀田がそれを落としそうなほど前のめりで爆笑した。 「なんでバニラ三つなんだよ!他にもいろいろあるのに…!」  君野は困ったように笑う。   「変かな…?」 「いや、好きならいいさ。」  二人は席に着き、バニラ三つのアイスを食べる君野を見ながら、堀田は口を押さえて再び吹き出す。 「いひひ…!はあーあ。俺、お前好きかも。」 「ほんと?ありがとう!」  君野が皮肉がわからずそう答えた。 「そういえば、入学式のときはもっとカラフルなアイスを頼んでたなお前。」 「あー、みんな初対面だったなら僕みんなに変な奴だと思われたくなかったのかもね。」 「なるほどな。…じゃあ、なんで今はバニラ三つなんだよ?」  すると、君野は照れくさそうに笑った。 「うんとね、堀田くんが兄ちゃんって言ってくれたから、甘えてみようと思ったんだ。」  と、可愛くアイスを右頬に持つ仕草に堀田は撃ち抜かれた。 「はっ…!!!!」  まるでスナイパーがどこからか、  自分の胸にハート型の銃弾を打ち込んできたよう。  まただ…またキュンキュンする!!!  そして堀田の心の中で止まっていた時計の針が、わずかに動き出した気がした。  続く
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