第9話「愛の軟禁錠」

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第9話「愛の軟禁錠」

5時間目、1年生は男子女子わかれて体育をしている。 この日は女子は体育館で球技、男子は校庭で陸上だ。 1年の1組と2組が合同で体育を行い、人数が多い。ちなみに1組には美咲がいる。 美咲は開き直ったように俺に相変わらずすがりつくが 彼女の本当の気持ちはわからなくなっている。 というのも、さっき女子トイレに差し掛かった時に彼女の友達が俺と美咲が別れたことついてとやかく言っていたのを小耳に挟んだのだ。 その中で美咲は俺を好きな理由に、俺を好きというよりは誰よりも自身が綺麗で地位があり、それに見合う俺という名のブランドバッグを所有することを重視しているというのだ。 女友達の中では水面下でそういったバトルが行われているらしい…。 噂話を真っ向から信じる訳では無いが、そんな理由で好きになられてもたまったものではない…。 俺も人の事言えないが…。 ピッ 体育教師がホイッスルを鳴らす。 4人横に並び、その音で100m先のゴールに向かった君野。 サッカーをしていた体力はどこへやら、4人中ビリから2番目となった。 堀田もその次に4人並んで体育教師のホイッスルで100m先へ走る。 圧倒的な速さだ。 君野が向こう側にいると思うと足が回る回る。 早く会いたい…!!誤解なんだよ…! と、 特急電車のように走ってきた堀田は そのまま止まること無く、端っこで体育座りをしている君野の元へ駆け寄った。 旅館の女将のように横にくっついてきた彼に君野は自身の靴の靴紐をいじっていた手を止めた。 「君野!聞いてくれよ。俺もう美咲とは未練ないんだ。」 間髪入れずにそう伝えた。 その言葉に元気のない君野がこちらを向く。 「悪かったな。あんな別れ方じゃ確かにお前が罪悪感抱くのもわかる。つうか、そもそも付き合ったのも弟がいなくなって、心に穴がぽっかりあいてしまってさ…。俺も悪かったんだよ。好きでもないのに告白されて、彼女ができたら、俺なんか変われると思ったんだ。」 「そうなんだ…。」 「そうなんだよ!だから美咲の傍若無人も、心がなかったから今までスカすことができてたんだ。けど今大切なものがちゃんとできたからさ…。」 「大切なもの?」 君野が小首を傾げると、堀田は途端に真っ赤になる。 しかし、ここはしっかり伝えないとあの桜谷に大切なものをとられてしまう。 堀田は君野の目を真っ直ぐみて、顔に力を入れたあとに一回ため息を付いた。そして口から漏れる息とともにはっ!と言った後、 「お前だよ。俺はお前が大事なんだ。だから、桜谷の空想や妄想だけで判断しないでほしい。」 「…ほんと?」 君野はその言葉に目の光を宿したように、暗かった顔つきが変わった。 「ああ!だからそんな暗い顔するな。そんな顔してくれるってことは、俺のこと、想っててくれたんだろ?」 「うん想ってたよ。でも…堀田くんは僕のこと健忘症でうっとうしいと思わない?」 「思わない!そんなお前が好きだ!ライオンだろうがシマウマだろうが俺は、最後までシマウマのお前を守るし、他のライオンなんかに食べさせたりなんかしない。足が遅かったら俺はお前を背中に乗せて走る。傷なんか絶対につけない。」 「うん…ありがとう。嬉しい。」 君野はニコっと笑った。 ちゃんと思いは伝わったようだ。 そんな可愛い笑顔が久しぶりに見れたと 堀田は彼の髪をくしゃくしゃと撫でた。 「でも、「弟」キーホルダー…。桜谷さんに自分から渡しちゃったんだ。なんか、言葉に納得しちゃって…。」 「大丈夫だ俺が取り返す。そういや、桜谷のやつ、昼休みにお前のリュックに変なのつけてたよな。」 「海外のお土産をもらったんだ。それが鍵とハートの南京錠みたいなやつで、桜谷さんが僕のリュックのキーホルダーつけるところに南京錠つけてね、桜谷さんが自分のバックにその南京錠を外す鍵をつけてたんだ。」 「なんだよそれ。」 買ってくる土産物ですらろくなもんじゃないな。 と、堀田は眉をしかめる。 「その鍵があれば、その南京錠を外せるのか。」 堀田はここで欲が出た。 その南京錠を外してしまおう。 桜谷のバッグに鍵がついているなら、席の近い2人のカバンをくっつけて手っ取り早く外して窓から投げてしまえばいい。 あわよくばキーホルダーも…と考えたが 流石に女子のバッグの中身や引き出しを漁るリスクはでかすぎる。 またの機会だ…。 君野との関係を終わらせにかかってきた罰だ。 と、堀田はメラメラと怒りに燃えた。 殴らないから、せめてこれくらいはさせてくれ… そうだ、掃除の時間だ!俺は教室担当だ。 桜谷と君野の担当は確か中央廊下だったか。 拭き掃除をするふりをして 外してしまおう。 堀田はそう悪い顔をした。 「堀田、君野を取り返せたのか?よかったな。」 体育終わり、藤井は堀田が教室に戻るまでに君野の肩をガシッと掴んでいることに笑っている。 「よかったじゃないんだよまだ…。」 「堀田くん、肩が痛い。」 「わ、悪いな!」 堀田の君野を肩を掴む指が強くなったのは、体育を終えて敵も教室に戻ってきたからだ。 1年生の廊下、向こう側からわらわらと女子たちと帰ってきた桜谷。堀田と君野が仲直りしたのを見つけ、ちらっと目が動いてこちらを確認した。 堀田は睨んでいるが、桜谷はこちらを一回も見ることはなく、そのまま教室に吸い込まれてく。 「お疲れ様。」 君野が桜谷の隣に帰ってくると、彼女はニコッと笑いかけそう言った。 しかし、君野は太もも横の両手をギュッと握り、その場で立ち尽くし緊張している面持ちだ。 「あ、あのね…僕、堀田くんとまた仲良しになろうと思うんだ…」 「ふふ。いいんじゃないの。」 「え?いいの?」 「ええ。私、仲良しになっちゃいけないなんて一言も言ってないわ。」 「そっか。確かに!」 君野は桜谷が幻滅すると思っていたのでこのあっさりな反応に思わず安心したように声が大きくなった。 「じゃあ三人で仲良しできるね!」 君野はそう言って思い出したようにまた無邪気に笑った。 2人はそれぞれの場所で着替えが終わった。 そして次に掃除の時間が始まる。 机を後ろに下げている間、桜谷は君野にこんな事を聞いた。 「ねえ君野くんってさ、男の人も好きになったりする?」 「え、今のところはそんな予定ないよ。」 「そっか。…堀田くんとか、恋愛対象でみる?」 「え!見てないよ!なんで?」 と、驚いて桜谷をみる。 「ふふ。ごめんね。堀田くんがあまりにも君野くんが好きだから。」 「堀田くんは僕を弟だと思ってるんだよ。そういえば、そんな話、したっけ?」 「したわ。私からしたら、病欠で一週間いない間に堀田くんと突然仲良くしていたから驚いたの。」 「たしかにね…。」 君野はそう笑いかける。 しかしその次に、君野は真剣な顔をして桜谷をみた。 「あの、桜谷さん、僕のキーホルダー返してほしいんだけど…。」 「すごい。覚えてるのね。」 「僕の大事な物だからね。どこにあるの?」 「あ、掃除の時間終わりでいい?」 「うん!あ、そういえばね、堀田くんとさっき桜谷さんからもらったキーホルダーの話になってさ!ハート型の南京錠ってきいたらすごい驚いてた!」 そう上機嫌に話す君野。 そういえば、彼の健忘症の症状が前よりも改善されているような気もする…。 これも全部あの部外者のせいなんだ。 ダメだ。治すわけにはいかない。 そうだ。今日どうせキスもしたし、彼を家につれて〝アレ〟をしよう…。 と、また悪巧みをしていた。 … 掃除の時間、堀田は自ら皆が嫌がる雑巾で床をふく担当にまわった。 もちろん、桜谷のバッグについている鍵を使って君野のリュックの南京錠を外すためだ。 二人のバッグは自分の席の脇にかけてある。その桜谷のバッグを最悪怒りに満ちて千切ってまでも外そうかと思ったが どうやらちゃんとした太いバックルからでている。外すことのできない金具に鍵も南京錠もついているためにそれは無理な話だった。 そして、好機が向いているのか、2人のカバンとリュックは内側に収納されている。俺がイスのあがっている真後ろの机に潜り、細かいところを拭いているふりをしてそれをとってしまおという作戦だ。 桜谷側についているリュックのカギもなぜかものすごくカギに近い場所にある。 裸のままの金色のポップな鍵だ。 皆がほうきを持って話しだし、ゴミを捨てに行ったクラスメイトを確認する。 「うわ。ここ汚れてる。」 と、小芝居をうって怪しまれないよう後ろへカエルのように移動する。 奥の方を掃除をするふりをしてそのまま、窓側の1番後ろの桜谷の机の下に潜り込み、2人のカバンを探りはじめた。 よし!誰にもバレてない! 君野のリュックを抱き寄せ、桜谷のカバンに触れる。 ぎりぎりだ。鍵があまりにもバッグと密着しすぎているのだ。 「こんなもの…!!!」 そして震える手で鍵穴とカギを近づけ、うまくはめたときだった。 「きゃ~~!!!変態!なにしてるの!!!」 「うわ!?」 堀田はすぐ横で聞こえる声にビクッと反応し、我に帰る。 自分の隣にすぐ立つ黒い足に今気づいた。 タイツを履いた女子生徒だ。 堀田が恐る恐る桜谷の机の下から顔だけだすと 「堀田くん!私のカバンに触って何をしてるの!」 桜谷だった。 悲鳴のような声に教室の注目が集まる。 堀田はその視線に、今までの自分の信用が完全に失墜した感覚になり 恐れていたリスクが降り掛かってきた。 「いや、これは…。」 と、周囲の反応を気にしておろおろする堀田。 やばい!変態と思われる!と 完璧を心がける自分にあるまじき醜態を晒してしまった!と青ざめた。 しかしふと桜谷に顔を戻すと、やつは悲鳴を上げたとは思えないほど悪い顔でこっちを見下ろし ほくそ笑んでいる。 「こいつ!」 それで、堀田は悟ったのだった。 これは【罠】だ。 君野のリュックがいつもとは違って内側なのも、桜谷がその南京錠の鍵を裸のまま鍵をけているのも 全部、彼女が仕掛けた罠だったのだ…!! 頭に血が上りすぎて、そんな違和感すら感じとることができなかったのだ。 「堀田くんなにしてるのー?ダメだよいたずらしちゃ。」 しかし、ここは堀田の普段の振る舞いがよかったのか 女子のカラ笑いで済んだ。 しかし、彼女にとってそんなモノどうでもいいのかも知れない。 堀田の自尊心を傷つけられたことだけでも大満足。 と、桜谷は勝ち誇ったような顔でこちらをさげすんでいる。 「返してほしい?大事な大事な「弟」キーホルダー。」 「当たり前だ!」 「ねえ、君野くんのことどう思ってるの?」 「弟くらいに可愛いやつだ!」 「ふーん…。弟ね…。本当に?」 桜谷はそう言って無表情に首を傾げた。 「いいからどけろよ。でられないだろ。」 「どかない。」 桜谷はそう答えた。 堀田が邪魔な桜谷の脚を触ろうとすると 「叫ぶわよ。」 「は?どうしろっていうんだよ!」 「ふふ。そのチンパンジーみたいな格好似合うわ。」 堀田は腰を前にかがめ、あぐらをかく姿勢からでられない。 長時間、この態勢はいくら子供でもキツい。 言われるように、動物園のチンパンジーだ。 机の脚をもってでられない恨めしそうな堀田をみて、桜谷は愉快そうに笑う。 「趣味が悪いぞ!とっととどけよ!」 「これ以上私達に関わるとろくなことがないわよ。それでも、後悔しない?」 「なんのことだ?」 「私は今の君野くんを守るためにはどんなことでもするつもりだから。私があなたが嫌いだから何するかわからないってこと。」 「は!やってみろ!残念だが君野は俺のことが 好きだ!そんな事して君野に逆に嫌われても知らないからな!」 突然、桜谷が腰を下ろし、堀田が持つ椅子の脚を上から包むように手で掴み、顔を近づけギッと笑う。 そのサイコなアクションに堀田も目を一瞬丸くする。 「君野くんは私を嫌うことなんでできないわ。絶対に。」 そう、キマった目を堀田の眉間にまで押し付けた。 「…。」 堀田と桜谷が睨み合う。 まるでキスしてしまいそうな距離だ。 桜谷はそれでも堀田の目から目を離さず、ニヤッと笑っている。 堀田はその不気味な顔に、負けじと真っ向から太眉をキリッとあげて睨み返している。 すると、 「ねえ、もう机移動させていいかな?」 一人の女子が困ったように話しかけてきた。 「あらごめんなさい。」 桜谷はいつもの地味な女の子に変わり 机を運ぶ手伝いをしはじめた。 桜谷のいなくなった堀田はようやく狭い部分から解放され 痛めた腰をさすった。 「なにがあろうと君野を渡してたまるか…。」 堀田はそう言って自身も机運びに加勢した。 「堀田くん。」 放課後の帰り際 桜谷がトイレに行っている間、堀田は君野を探していると彼が女子トイレ付近にいて声をかけてきた。 すると、君野はなにか枝のようなチョコレート菓子の袋を手に持ってポリポリと食べている。 「なんだそりゃ。」 「これね、桜谷さんからのお土産。僕にくれたの。堀田くんも食べる?」 「桜谷の土産ものなんか食いたくない。」 「食べてよ!美味しいよ?」 「いらん!」 堀田の強情に、君野はしばらく考えた。 そして 突然その枝のお菓子を口に咥えたのだ。 「なにしてんだよ。」 「ん~。」 君野はチョコ菓子を咥えたまま堀田にそのお菓子の先を顔ごと突き出す。 マッチ棒ほどの長さだ。 咥えて食べてみろと言っているのだ。 「お前、なんでそうすれば俺が食べたくなると思ったんだよ。」 「ん!」 君野が再び口を突き出す。 堀田はそれにため息を付いた。 そして仕方なくその先端にかぶりつこうとした。 しかし 「あ!」 君野は堀田がチョコを咥える直前で口に枝チョコを全て口にいれ食べてしまった。 いたずらな顔で堀田にニヒヒと無邪気に笑う。 「やったな!お前!怒った!意地でも食わせろ!」 「ん!」 再び君野が悪ふざけでチョコを咥えだす。 堀田にはもうフェイントを効かないと思ったのか、姑息に先ほどよりも口から出ている枝チョコは短い。 堀田が吠えかける犬のように、君野のチョコを食べようとと口をパクパクさせる。 ここだ! と、堀田が君野の枝チョコに食らいついたつもりだった。 しかし 「おまたせ…」 桜谷が女子トイレから戻ってきた時に少し先の廊下で見た光景に笑顔が消えた。 堀田と君野がどうみても唇を重ねていたからだ。 「なにしてるの!」 さすがに感情をあらわにし、2人のもとに駆けつける桜谷。 それに我に返った2人は、互いに口を離した。 「ち、違う!君野がふざけるから!」 「…。」 桜谷はこの時堀田の異常に気づいた。 「あなた、顔真っ赤じゃない。」 「違う!君野のいたずらに怒ってんだ俺は!」 堀田のそのわかりやすいリアクションに、桜谷はやはり彼が兄弟以上の関係を意識していると感じ取っていた。 「あははは!」 一方で君野はあっけらかんと笑っている。 これはどっちなのだろうか…。 それより、私の持ってきたお土産でこんなことになるなんて。 でもいいわ どうせ、明日にはまた新しい君野くんがやってくるから、その時にその仲をぶち壊してやるから… と、桜谷は冷ややかに心で思った。 続く…
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