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その本と出会ったのはガラガラの地下鉄だった。
「本」と呼んでいいのか、それは「取説」取扱説明書だったのだが。
スマホの電源が切れ、暇をもてあまし車内吊りを見ていたら網棚に置かれている本が目に入り、手にした。
それは「草刈機」の取説だった。
ガソリン混合で動く草刈機。
やることがないので熟読してしまったが、まさか取説で人生が変わるとはこの時は思っていなかった。
毎日、つまらないことを繰り返すだけの仕事。
上司の意味のない叱責に部下の嘲笑。
それでも環境を変えようとすら思わない怠惰な自分。
きっかけは土曜の夕方、アパート近くのいつもの食堂だった。
作業着姿の初老の男2人がビールを飲みながら、今日の仕事の話をしていた。
3箇所の公園の草刈りをしていたようだが、仕事への愛着と楽しさが伝わってくる会話だった。
6人でチームを組み、2台の車で3箇所を回ったようだが疲れを感じさせない。
彼らの頼んだ焼肉定食とトンカツ定食が出てきたが、あの年でそれを食べるパワーがまぶしい。
60代後半に見える彼らとは20歳以上離れている私は秋刀魚定食だ。
食べるものが違う。それは生きる力が違うのだと思った。
彼らが食べ終わるのを待ち、自己紹介をして会社名を聞いた。
「給料安いぞ!若い兄ちゃんなら高い仕事、いくらでもあるだろうに」
そう言いながら会社の電話番号を教えてくれた。
「社長に言っとくよ。若いのが欲しいって言ってたしよ」
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