8.ローレル

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8.ローレル

「つまりあんたは世にも珍しい『恵みの者』で、馬を使った新しい事業をやりたくて、手始めに俺のとこに馬の乗り方を習いに来たと……そういうことか?」 「そゆことー。お兄さん、話早いじゃーん」 「ローレルだ。あんたは?」 「有那。こっちは息子のカイト」  あれから一行は店の中に戻り、主にユンカースがこの状況の説明をした。有那に任せると、話が脱線していつまで経っても進まないからだ。  二人の話を黙って聞いていた垂れ目のマッチョ改めローレルは、有那の軽い調子に渋く眉を寄せる。 「おい旦那さんよ。このアリナってねーちゃん、大丈夫なのか? だいぶ言ってること無茶苦茶だぞ」 「はい、無茶苦茶なんです。僕は夫ではありませんが、そこは強く同意します」 「ちょ、ユンユン。そこ同意しないでよ」  男二人に呆れた視線を向けられ、思わず有那がツッコミを入れる。そんな二人の様子を見てローレルは目を細めた。 「ふぅん? 旦那じゃなきゃ、どういう関係だ? ずいぶん親しそうだが」 「…………。保護者…でしょうか……?」 「おい」  険しい顔で首を傾げたユンカースに有那が再度つっこむ。ローレルは太い腕を組むと大きく息を吐いた。 「うちは馬車屋だ。馬車を走らせたり、信用できる相手には車体や馬だけ貸し出したりもしてるが、そういう『お教室』みたいなもんはやってない」 「……そっかぁ。やっぱそうか~」 「――が、『恵みの者』が相手ともなれば、話は別だな」 「へ……?」  やはり無駄足だったか……という気持ちで肩を落としかけた有那とユンカースは、ローレルの言葉に顔を上げた。彼は黒い目を有那に向けると二ッと太く笑む。 「いいぜ。恵みの者には世話になってるからな。俺の手の空いてる時にはなるが、教えてやってもいい。ただしタダじゃねーけどな」 「え……いいの?」 「儲からない仕事にゃ違いないが、面白そうだしな。あんたの目指す事業も、あんた自身も」  男らしい笑みを向けられ、有那は「これは歴戦の女たらしだろうな」と肩をすくめた。相当な場数を踏んでいるに違いない。面構えが違う。  困惑した顔で事態を見守っていたユンカースが、おずおずとローレルに尋ねた。 「『恵みの者』のこと、ご存じなんですか? なぜ厚遇してくださるんですか」 「ご存じも何も、俺の親父は侯爵家で厩番(うまやばん)をしてるからな。そのツテで『恵みの者』の侯爵夫人にも何度か会ったことがあるし、夫人の口利きで仕事を紹介してもらったこともある。うちみたいな小さな店にはありがたいことだ」 「えっ。もう一人の『恵みの者』に会ったことあるんだ! ねえねえ、そのお父さんには会えない?」 「残念ながら、親父は侯爵一家についてしばらく遠出してる。あそこの嬢ちゃんと坊ちゃんに気に入られてるみたいでな……。実の孫が皆デカくなっちまったから、嬉しいんだろ」  ローレルが肩をすくめ、有那は少し落胆したがすぐに顔を上げた。ローレルの前に立つと深々と頭を下げる。 「でも、引き受けてくれてありがとう。マジ助かる。よろしくお願いします」 「はいよっと。俺の指導は厳しいぜ? 手取り腰取りいくからな」 「あー。あたし、セクハラ許せないタイプだから。変なことしたらお父さんと侯爵様にあとでチクるね」 「マジかよ。こえーな」  ローレルが腕を組みくしゃりと笑う。意気投合した二人の間に挟まれ、ユンカースだけが懐疑的な顔をしていた。 「ボウズ。退屈な話が続いちまって悪かったな。ちょっと時間あるし、馬に乗せてやろうか? アリナも来いよ」  話が終わって退出しようかと思ったら、ローレルが黙って待っていた海渡に話しかけた。突然大男に話しかけられた海渡は目を見開いたが、ローレルの言葉にきょろきょろと窓の向こうの馬を見る。 「馬……乗れるの?」 「ああ。かあちゃんと一緒に引いてやるよ。馬に乗ったことあるか?」 「ない……。でも、乗ってみたい……」  珍しく期待が滲む海渡の声に、有那もうなずくと再び店の外に出た。ローレルが準備をする間、三人並んでわくわくと馬がやってくるのを待つ。 「アリナさんも一度も乗ったことないんですか?」 「ないよー。馬なんて牧場にしかいなかったし。……あ、競馬場なら一回行ったな。乗馬ロボットがあるんだよ。すっごいリアルで本物かと思った」 「ろぼっと、とは」 「えっとねー……」  カクカク動くあの姿をどう説明しようかと手を上げると、ちょうどローレルが馬を引いてやってきた。間近で見るその大きさに有那と海渡は圧倒される。 「準備できたぞー。兄ちゃんは乗れるんだろ? 良かったらあっちの馬乗ってもいいぞ」 「いえ、僕はいいです。ここで待ってます」 「……ユンユンも、乗ろ」 「ええ……?」  片手を上げて迷いなく辞退したユンカースの服の裾を海渡が掴んだ。見下ろすと、海渡が首を上げてユンカースを見つめている。 「僕が引くってことですか?」 「ううん。一緒に乗る」 「アリナさんと一緒に乗ったらいいじゃないですか」 「かーちゃんは練習しないといけないから。ユンユン、早くうまくなりたいなら最初から本気出さないといけないんだよ。『時は金なり』ってことわざ絵本に書いてあったよ」 「よく知ってますね……」  幼児に正論で諭されてしまった。有那の方を見ると、「ゴメン」と手を重ねて託される。……どうやら一度言い出すと説得は難しい性格らしい。  ユンカースはため息をつくと海渡の肩を押して歩き出した。 「適当に時間を潰しています。終わったら呼んで下さい」
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