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七人の小人
目的地のこどもの国へは、大井町始発の急行で長津田まで行き、そこからこどもの国線に乗り換える。時間にして約1時間だ。
急行列車には向かい合わせの四人掛けボックスの車両がある。当時自動販売機で飲み物を買うというのは、それなりにぜいたくなことで、往復の電車賃以外の持ち合わせが財布の中に入っている奴も少なかった。
行く前に誰が何を持ってくるのかということと、食事は弁当持参ということは決まっていた。とうぜん飲み物は水筒で私が持っていたのはナイロン製のカバーから外せばそのまま火にかけられるようなキャンプ仕様のものだった。
中に入っているのは麦茶であったか、水道水であったか定かではないが、電車が走り出すやいなや、すっかり遠足気分で僕らははしゃいだ。
大井町線の急行は旗の台、大岡山、自由が丘と当時から学生がよく利用する駅に停車していく。
夏休みである分、混雑はそれほどでもなかったが、自由が丘での乗り降りで中学生七人の一段の中に一人の女性が座ることになった。
「ここ座ってもいいですか?」
彼女は丁度私の正面に座り、その場の七人に話しかけたのだと思うが、僕は自分に声をかけられたことに少しばかり照れ臭く、そして目の前の席がたまたま空いていた幸運に感謝した。
中学生からみて、その人は「お姉さん」と呼ぶにふさわしく、清楚で、色白で、着ている服も軽やかだった。
ワンピースの色形は覚えていないが、イメージで言えば透き通るような色合いをしていた。女性用の麦わら帽子の紺色のリボンだけははっきりと覚えている。
お姉さんが座った席にはついさっきまで隣のボックスに移った「けいどん」が座っていた。けいどんはのちにこのメンバーで唯一、社会人になっても付き合いがあり、結婚式、母の葬儀に参列してくれた俗に親友と呼ばれる腐れ縁だ。
けいどんはこのメンバーでは私と同じで感覚は大人びていたが、おどける時は誰よりも子供のようにふるまう。彼には大学生の家庭教師がいて、その人といるときは大学生よりも強い将棋指しになる。一戦終えると三人でエッチなビデオやB級ホラー映画を真夜中まで鑑賞していた。
彼がおどけるとき、それは周りに女子がいる時に発生する彼なりの照れ隠しだった節がある。
この時もけいどんは見知らぬお姉さんを前におどけてみせて、私は彼が滑らないようにツッコミを入れた。お姉さんはそれを面白く思ったのか、会話こそしないもののくすくすと笑っていた。
七人の中学生の遠足気分は終わった。電車が混雑してきたこともあるが、そのお姉さんが席に着いたことにより、僕らはいよいよ七人の小人となったのかもしれない。
さっきまで外の景色や電車のスピードにはしゃいでいた小人は黙り込むかおどけるけいどんを煽るかしてお姉さんを笑わそうとしていた。
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